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□君と共にいるためなら
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「高野さんが人助けなんて、気持ち悪いですね。なにかあったんですか?今日天気予報雪って言ってましたっけ」
「おまえさ…嫉妬してんなら素直に言ったら」
「ち、違いますよ!自惚れるのも大概にして下さい!!」
「あ、そ。別にいいけど」
「なんなんですか、まったくもう…俺、水持って来ます」
ぼんやりとした視界で白い天井を見上げながら、そんな会話を聞いていた。なんだか分からないけれど、楽しそうだなぁ…なんて思いながら、ここはどこなのだろうと考える。記憶の中に一致するようなものはなく、寝かされている状況から察するに病院なのだろうかとも思ったが、独特の消毒液の香りもしない。
頭を動かして声の主を探すと、そこには長身の黒っぽい服を着た男が立っていた。
「良かった。お目覚めですか、吉川先生?」
突然自分のペンネームを呼ばれ、ギクリと身体を強張らせる。もしかしてバレてしまったのだろうか…自分が、吉川千春が男である事が、そしてあやかしである事が…
「ああ、怖がらないで下さい。お会いするのは初めてですよね。私は高野政宗。月刊エメラルドの編集長をやっております。そしてここ、メゾン・ド妖のオーナーであり、千里眼の天狗です」
様々な情報を一度に吹き込まれ、気圧されてしまう。彼は今、何と言ったのだろう?
「…全部、知ってたんですか?」
「知ったのはあなたがウチに連載し始めてからです。私としても、見たくないものまで見えてしまう千里眼は、あまり使いたくないモノなので」
「俺、なんでここに…」
「僭越ながら、助け舟を出させて頂きました。あなたは泣き疲れて眠ってしまったんです」
「すみません…ご迷惑おかけしました」
自分の情けなさと不甲斐なさに、腫れた目にさらに涙が浮かんでくる。あんな無害そうな人間に対して、一生隠し通すつもりでいた力を使ってしまい、挙げ句の果てに生きる場所まで失ってしまうなんて。もう二度と、トリに会う事すら叶わなくなってしまったなんて。
「それともうひとつ。これも余計な事かもしれませんが、吉川先生の部屋をこの妖館にご用意させて頂きました。元の家に戻られるおつもりは無いだろうと思いましたので」
「えっ…い、いいんですか?」
「ええ。人気作家に辞められてしまっては、此方としても痛手ですから。明日には先生の専属アシスタントとして働いてもらうシークレットサービスも到着しますので、その者に色々とお申し付け下さい」
あまりの事に呆然としていると、ノックの音の後に水を持った男の子が入って来た。
「失礼します。体調、大丈夫ですか?」
「ありがとう…もう、だいぶ楽になったから」
差し出された水を受け取りながら答えると、彼は心底ホッとしたような笑顔を浮かべた。
「良かった。なにかあったら言って下さいね。今日一日は俺が吉野さんのお世話をしますから。俺、高野さんのシークレットサービスで、小野寺律って言います」
やたらと笑顔のかわいい男の子だなと思いながらふと彼の背後の高野さんを見ると、不機嫌オーラを隠そうともせずギロリと俺を見つめていて、なんだかとんでもなく居心地が悪かった。小野寺さんには悪いけれど、高野さんが怖いのであまり近寄らないで欲しいなと心からそう思った。


翌日、現れた人物に俺は拍子抜けしてしまう事となる。
「え…えっ、え、と…トリ…?な、なんでトリがここに??」
俺の目の前に居た人物。それはほかの誰に見間違えようもない、俺の幼なじみである羽鳥芳雪その人だった。
「千秋…お前に会いたかった」
そして3日振りに再会したトリに、俺は抱き締められてしまった。
「トリっ、わかった、わかったからはなしてっ」
あまりの恥ずかしさに暴れて訴えると、トリは暫くしてから名残惜しそうに離れていった。
「で、なんでここにトリがいるの」
「今日からお前のシークレットサービスとして働く事になった。宜しく頼む」
「いやだからそうじゃなくて!…お前、あやかし…だったの」
「…俺は、ライカンスロープだ。今まで黙っていて悪かった。お前を困らせたくなかったから」
ライカンスロープ…魔狼と言えば、昔襲われた記憶がある。その頃はまだ幼く、自分が猫叉の先祖返りだという自覚はなかった。そのため妖怪への対処法も襲われる危険性も知らず、魔狼に殺されかけたのだ。そこを助けてくれたのが今目の前にいるトリであった。
嫌な予感にさっと肝が冷えるのを感じて、恐る恐るトリに訊ねる。
「…なあ、それって、もしかして…」
「ああ。察しの通り、俺のこれは後天的なものだ。だがな、その事でお前が気に病むことは全くない。なぜならお前は無事で、俺は今ここに居ることが出来ている。最高じゃないか」
「でも、それ全部俺の所為じゃんか!トリ、なんで言ってくんなかったんだよ!」
「お前がそう言うと思ったから。さっきも言ったが、俺はこれで良かったと心から思っている。俺にはお前のそばに居られなくなることの方がよっぽどつらい」
そう言われて、さっきのトリからの抱擁を思い出す。そういう気持ちを全部ひっくるめて、きっと俺を抱き締めたのだ。
胸がちくりと痛むのと同時に、嬉しくて目頭が熱くなる。
トリはやれやれという感じに溜め息を吐き出して、俺に手を差し出してきた。
「お食事のご用意が出来ております。召し上がりますか?」
「勿論お前の手料理なんだよな?」
「どこの馬の骨とも知れぬ輩の作ったものなんてお前に食べさせられないからな」
「なんだよ、それ」
そうしてふたりで笑い合いながら、俺はトリの手を取り食卓へ向かう。
あんな事があった後にこんな幸せが待っているなんて、高野さんには感謝してもしきれなかった。
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