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□不機嫌の理由
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だって、昔からそうだったんだ。
いい子にしていれば誉められたし、強い子になれば心配なんてかけずに済んだ。
俺はみんながだいすきで、おなじくらい誉められることが嬉しかったから。
…でもね。本当は、すごく羨ましかったんだ。


久々の二人揃ってのオフの日。
今日はトキヤと買い出しに行って、夜は久々にトキヤが手料理を作ってくれる約束になっていた。
俺は本当に本当に楽しみで、前の日は遅くまで仕事があったにもかかわらずなかなか寝付く事が出来なかった。
そんな調子だったから、朝迎えにやって来たトキヤに起き抜けで出たら呆れられてしまった。理由を話したら呆れ顔に照れ笑いが入ったような、おかしな顔をしていたけれど。
今は買い出しを終えて、久しぶりに色々と街を歩いていた。平日だからそんなに人は多くはなかったけれど、それでも俺達は一応アイドルで、トキヤなんか元・超大人気アイドルだったから、堂々と都会を歩く事は出来なかったけど。それでも、ふたりきりの時間はとても楽しくて、時間が過ぎてしまうのがすごく勿体無かった。
そんなとき、ふと前から歩いてくる少し懐かしい見知った顔に、俺は思わず足を止めた。そんな俺に気付いて、トキヤは不思議そうな顔をして俺を振り返った。
「音也、どうかしましたか」
「あれ…カンちゃんだ…カンちゃん!!」
俺が名前を呼ぶと、其方も俺に気付いて顔を上げた。
「え…お前、まさか音也?!うっわ、久し振り!」
本当に何年振りかの再会に、俺は思わず嬉しくなってカンちゃんに抱き付いた。
「うわー!元気だった? カンちゃんは今何してるの?」
「元気元気。俺は今サラリーマンやで。芸能人のCDとか作ってん、すげーやろ。…しっかしまさかあの音也がアイドルになるなんてなぁ…こないだCM見てびっくりしたわ」
「あの…音也、此方の方は?」
おずおずとトキヤが訊ねる声に、少し申し訳無く思いながら俺はトキヤに向き直った。
「カンちゃんは俺の施設にいた頃の、いっこ上の兄ちゃんみたいなものだよ。カンちゃん、こっちは…」
「おぉっ!おはやっほーの人や!!」
「……元、です…」
トキヤがうんざりした顔で言うのがおかしくて、思わず笑うとトキヤに睨まれてしまった。
「俺昔アンタと会うたことあるんやけど、覚えてへんかなぁ…アンタがまだおはやっほーだった頃に一回だけやけど。アンタがきっかけで、俺この仕事してんねんで?」
「…すみません、あの頃の事はあまり…」
「そっかぁ、アンタの歌好きやったんやけどなあ…あ、勿論今の二人の曲も好きやで!音也お前、歌上手くなったなぁ」
「えっ 聴いてくれたの?うわー、恥ずかしいなぁ」
俺は少し照れくさくなって、笑いながら頬を掻く。
「でたらめに歌ってた頃の音也も好きやったけど、今はなんか本物!って感じするな。全く、あの泣き虫音也が立派になって…」
「ちょっと、俺が泣いてたのなんて施設に来たばっかの頃だけでしょ?もう、意地悪だなあ」
そうして頬を膨らますと、カンちゃんはすまんすまんと言いながら笑った。
トキヤがなにか不思議な表情をしていたのが少し気になったけど、カンちゃんのマシンガントークに思考は中断されてしまう。
「いつかお前と仕事出来るの、楽しみにしとるよ、音也。またなあ!」
「ありがと!カンちゃんも元気でね」
そう言って別れると、トキヤが表情の読めない顔で静かに「行きましょう」と言った。
ふたりきりの時間に水を差してしまったようで悪かったなぁ と思って、スタスタと前を歩くトキヤを追いかけて顔を覗き込む。
「あの、ごめんねトキヤ。カンちゃん昔からあんなかんじで…気を悪くしないでね?」
「何故あなたが謝るんです。あなたは何もしていないでしょう。…それとも、何かした自覚でもあるのですか?」
トキヤがこういうトゲのある言い方をする時は、決まって機嫌の悪い時だ。何について怒られているのか、残念ながら俺には心当たりがありすぎて困ってしまう。
「ねえ、トキヤ…手繋いでもいい?」
「はあ?一体どう考えたらそうなるんですか…」
「だって、俺がしたいから。…だめ?」
「…だめです。ここをどこだと思っているんですか」
「…そっか。ごめん」
今日のトキヤは俺の考えている以上に不機嫌なようで、俺は本当にどうしていいか分からなかった。

部屋に戻ってからもトキヤはまだ機嫌を直してはいないようで、夕飯を用意すると言ってすぐにキッチンに籠もってしまった。
手伝いをすると言ってみたけど断られてしまい、俺は手持ち無沙汰になってしまった。なんとなく目についたギターを手に取って、そうして心に浮かんだメロディーをあの頃のようにでたらめに口ずさんでみた。
俺の気持ちは、ちゃんとトキヤに届いているだろうか。トキヤの気持ちを俺はちゃんと分かってあげられているだろうか。少し寂しいけど、きっと俺たちなら分かり合えるよ。
いつの間にかダイニングの入り口にエプロンをしたトキヤが立っていて、なにか複雑な表情でじっと此方を見ていた。
俺が気付いて顔を上げると、ふいっと顔を逸らしてしまった。
「…出来ましたよ。運んで下さい」
「うん、ありがと!」
トキヤに言われるままに皿を準備して席に着く。手を合わせて「いただきます」と言うと、トキヤも手を合わせて食べ始めた。
「あー、やっぱ俺、トキヤのごはん好きだなあ…」
本人は絶対に認めたがらないけど、トキヤの作るごはんにはたくさんの愛が詰まっていた。例えば俺が褒めた出汁巻き卵は甘口で、味噌汁にはなめこが入ってる。そういうちょっとしたことを一々覚えてくれていて、俺は口にするたび嬉しくなる。
トキヤを見るとまだ少し浮かない顔をしていたけど、ほんのりと頬があかくなっていて照れているらしい事がわかった。
「…ねえ、トキヤ。まだ教えてくれないの?」
「何をですか」
「不機嫌の理由」
俺がそう言うと、トキヤはぴくりと身体を止めてしまった。そうして深い溜め息を吐き出してからゆっくりと視線を上げた。
「…今かららしくないことを言いますから、戯言と思って聞き流して下さい」
「え?」
「昼間出逢った音也の昔馴染みに嫉妬しました。いくら思い出そうと思っても、私は音也の泣いている所を見たことがない。思えば私たちは、お互いを知らなすぎるんです。今までいくらでも時間はあったのに、私は話す事を嫌がり、あなたは話すことを避けているようでした。そんな小さな歪みに気付いてしまったけれど、今更そんな不格好な事も出来ないと自分らしさの籠の中へ閉じこもっていました。私は、きっと寂しかったんです。あなたは私に何でも話してくれるから、私に話してくれていない事などないと無意識に考えていた。だから知らないあなたの話をされて、自分でもどう処理していいか分からない感情に苛まれていました。…それが、らしくない私の本音です」
「トキヤ…俺、トキヤにすごく愛されてるんだね…」
「何を今更…あなたは私の初恋なんです。多少不格好でも、私はあなただけを愛していますよ」
俺は思わず立ち上がって、座っているトキヤを後ろから抱き締めた。そうでもしないとなにかが爆発してしまいそうで、止まらなくなりそうだったから。
「俺、昔の話ってカッコ悪い話くらいしかなかったから、あんまり話したくなかったんだ…。だって、甘えたいだなんて大声で言ったら迷惑でしょ?甘えたいのなんてみんな一緒なんだし。そんな…そんな贅沢な事、言えないよ…」
喉の奥が変に震えて、うまく言葉が出て来ない。目と鼻の奥もつんとするし、視界もじわりとぼやけてきた。
ふと抱き締めた腕に手が重なって、トキヤの肩に乗せた頭にも手が置かれた。
「私で良ければ、思う存分甘えて下さい。そして、無理に隠さないで泣いて下さい。私は今更 あなたに幻滅なんてしませんから」
トキヤのシャツの肩にじわりとみずが滲んで、そんな事をゆるしてくれるトキヤの優しさにまた少し泣いた。
「へへ…幸せ者だなあ、俺」
「…それは此方の台詞です」
「へ? なんで?」
「あなたが気付いてくれたからですよ。…あんな歌を聴いたら、誰だって分かります」
俺の顔に自分の頭を寄せながら、トキヤは優しい声でそう言った。
俺は少し気恥ずかしくて、抱き締めた腕に力を込める。
「あーもー…トキヤだいすき!」
「私も、音也が好きですよ」
この手の中のしあわせを噛み締めながら、トキヤのきれいな首筋にキスを落とした。




end
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