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□螺旋感情
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初めてそういう感情を向けられて、ああ こいつもちゃんとヒトだったんだな…なんて、失礼な事を考えてしまった。

事の始まりはきっと、俺と刹那の喧嘩…だったのだろう。
俺にはあいつの気持ちの変化は分からないから、細かい事は分からないけど。




「……、ロックオン…悪かった……」
ロックオンの記憶が正しければ、二人が出会ってから初めてティエリアが他人に、しかも自分に向かって素直に謝る所を見た。
ロックオンはにこりと微笑うと、そのまま自室へと向かった。
取り残されたティエリアは、暫くはぼんやりと後ろ姿を眺めていたが、何かを想うように再びくらいそらを見詰めた。
(…心臓が掴まれた様に苦しいのは何故だ?鼻の奥がツンとして痛いのは何故だ?…彼ならば、その理由を知っているのだろうか?)
ふわりと水滴が宙に舞う。
それが己の眼から溢れ出した事に、ティエリアは気付けなかった。



横たわりながら、ぼんやりと天井を眺めていた。
慣れない片方の視界で、ぼんやりとしか見る事が出来なかった。
心の底からトレミーの人々を愛していたし、家族も同然に想っていた。
だから冷たくされると悲しかったし、言葉が届くと嬉しかった。
そんな些細な幸せを見いだしたところで、自分の目標はあの日から一歩もブレる事無く心臓の上に鎮座していたのだけど。
『…、ロックオン、居るか?』
珍しく控え目な声が聞こえて、来客があった事を告げた。
本当はそんな彼を見たかった筈なのに、今は一番見ていたく無かった。
「ティエリアか。入って良いぞ?」
「失礼します」
菫色の綺麗な髪をふわりと靡かせて、ティエリアが入ってきた。
大抵自分を部屋まで呼びに来るのはアレルヤか刹那であったので、ティエリアが来るのは初めての事だった。
「どうした、色々あって疲れちまったか?」
入室したまま立ちすくんでしまったティエリアを手招きすると、自分と同じようにベッドに座らせた。
さらさらの髪の毛を撫でながら訊ねるも、一向にティエリアは何も喋る気配が無かった。
暫くそのまま待ってみると、ティエリアは小さく口を開いた。
「あなたの隣に居ると、私は心臓が掴まれた様に苦しくなるのです。…これは、なにかの病気なのですか ロックオン?」
緋色の瞳で真っ直ぐに見詰め乍らティエリアが訊ねると、ロックオンは思わず苦笑を漏らし乍らティエリアの背中を優しく撫でた。
「病気なんかじゃないよ、ティエリア。それは立派な人間の感情だ。だから、そんなに不安になる事は無いさ」
お前も、俺達とおんなじなんだから。
「…、では、この感情はなんですか?」
あかい瞳が揺れながらロックオンを見詰めると、ロックオンは困った様に眉を歪ませてから、曖昧に誤魔化した。
「そのうち、お前にも解る時が来るさ」
子供扱いしないで下さいとむくれるティエリアに、俺からみたらお前なんてまだまだお子様だよと笑って、ロックオンはティエリアの頬に口付けた。
その瞬間、ティエリアは固まってしまって、ロックオンも思わずティエリアから手を離してしまった。
「………、ロック…オン?」
「っあ、ああ、その…」
「今のは、なんですか?」
「……、親愛の、しるしだ」
「しんあい、の?」
ティエリアは少しの間ロックオンを見詰めると、突然同じようにロックオンの頬に口付けた。



「ティエリアって、ロックオンと付き合ってるのかな、って」
だって、みんなが噂してたし。
銀色の左目が細められて、親切な不親切をさらりと告げた。
暫く何も出来ず立ち尽くしていたティエリアが次に告げた言葉は、
「……、“付き合う”とは、何についてだ?」
だった。
今度絶句するのはアレルヤの方だった。
(…、そうか、ティエリアはそういう事を全然知らないんだ)
安心して良いのやら悲しんだ方が良いのやらよく分からない気持ちで居ると、再び緋色が困った様に訊いてきた。
「アレルヤ.ハプティズム、相変わらず君の話は要領を得ないな。失礼させて貰う」
「あ!待ってティエリア! 付き合う、って、好きなひと同士が、恋人同士になる事だよ」
「……、確かに好きでも無ければ付き合わないが、そこで何故恋人になるんだ」
アレルヤは苦笑すると、耳打ちするように小さな声で言った。
「僕の言う好きっていうのは、一緒に居ると心臓が苦しくなるのに、それでも一緒に居たいって思う事だよ」
…そう、今の僕みたいにね?
心が僕に向いてない事はわかってるよ。だけど、君を射止めたのは彼だから。
せめて君が少しでも自覚して、はやくこんな苦しみから解放される事を祈っているよ。
…なんて、諦め切れれば良いのにね。
アレルヤはそのままティエリアの頬に軽く口付けると、直ぐに離れて微笑んだ。
「ティエリア。君の本当の気持ちが、はやく見つかると良いね」
それはきっと永遠に、僕に向かう事は無いのだろうけど。



「ロックオン。私は、あなたの事が好きなようです」
「………、なんでそんなヒトゴトなんだよ…」
再びロックオンの部屋へやって来たティエリアは、直立したままロックオンに告げた。
「まだ、あまり自覚が無いからです」
「…そうか」
ロックオンは再び手招きすると、ティエリアの肩を抱き寄せた。
「……、ありがとな、ティエリア」
「何故、そんな事を言うのですか」
「いや…何でもないよ。言いたかっただけさ」
ロックオンはクスリと笑うと、ティエリアの頭をゆっくり撫でた。
納得のいかない表情をして、ティエリアは苦しい心臓を持て余していた。
(…………ごめんな)
声に出さない呟きは、心の奥底へと静かに沈んで行った。



「…、俺は、ティエリアの恋人にはなれないよ。その代わり俺達は、ずっと別れる事も無い」
かなしい瞳で微笑い乍ら、ロックオンはティエリアにそう告げた。
本当の気持ちが見つかったのは、あれから間も無くの事だった。
漸く伝えた気持ちは、届いた瞬間に砕け散ってしまったけれど。
「……あなたは、未だに家族と生きているのですね」
ロックオンは驚いた表情をすると、静かに微笑んだ。
「……ああ、そうだな」
ティエリアは顔を背けると、蒼い星を見詰めた。
「俺にとっては、ここのみんなも家族だから」
家族は、ずっと一緒だ。だけど、恋人同士にはならない。
(どちらにしろ、はじめからそんな気なんて無かったクセに)
同じ様に隣で蒼を眺める双球をちらりと見ると、再び蒼へと目を遣った。
永遠に平穏を得る事の出来ない、己の心情を。




end
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