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□彼女について私が知っている二、三の事柄
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「ねえ、あのひと、ジャッポーネで素敵なひとを見つけたんですって」
「へえ、そう」
「僕が日本語が分からないとでも思ったのでしょうね。イタリア語で訳が添えてあったんです」
「うん」
「それがね、本当に、笑ってしまうくらい、間違っているんですよ」
「そう」
「イタリア語では、幸せに暮らしているんです。…幸せに、暮らしているんですよ…」
「…そうだね」
何時の間にか僕らの手を離れて巨大化していたあのひとの理想は、膨らみ過ぎて自重に耐えきれなくなっていた。
まるで理想は大きい程良いと言うあのひとを嘲笑うかのように。それを信じて病まない君を追い詰めるように。
「ねえ、あのひとは今、幸せなのでしょうか」
「幸せだと書いていたなら、幸せなんでしょう?」
「あのひとはすぐに平気でうそをつくから、本音が分からないんですよ」
(君にこんなに想われているのだから、幸せで無い筈が無いでしょう)
なんて、言える筈も無かったのだけど。
「僕らが便宜上死んだ事になったとしても、あのひとの理想は、この場所はきっと、残るのですよね?僕が次にこの世界にうまれて来るまで、ずっと」
「…うん、きっと、ずっとずっと、ここにあるよ」
だってこんなに大きいんだから こんなに重たいんだから こんなに苦しいんだから。
だからさあ、君は早く、その血を失った身体を棄てて、僕の好きだった姿を棄てて、君の想い人の所へ行ったらどうなの?
「…、あなた、こんなに僕に優しかったでしたっけ」
「君が気付いていなかっただけで、僕は君の思うよりずっと君に優しかったよ」
だからねえ、お願いだから、僕の目の前で死んだりしないでよ。
「さいごのさいごに、そんな顔で、そんな事を言わないで下さいよ…」
さいごのさいごに、そんな顔で、そんな弱音を吐かないでよ。
君の好きなあのひとを、呪い殺したくなるじゃないか。

ああ 愛しい人
どうか願わくば
次に生まれて来る時は
僕の方を見て下さい
僕も好きなあのひとを
僕に嫌いにさせないで




end
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