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□今夜の雨は1時間
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ふ と“空”を仰いで立ち止まると、後ろを歩いていた人とぶつかった。
小さく謝罪を述べると、そのまままた空を見上げた。
ああ、今日も飛んでいるのだな 相も変わらず、狭い空を。お前は、飛ぶのが好きだから。
キィンと甲高い音を引き連れて、空を人影が横切った。自分の視力に惚れ惚れしていると、少し離れた所で停止して、その人影が此方を向いて手を振って来た。
思わず声に出して笑うと、ゆったりと手を振り返した。


「相変わらず、綺麗な空中散歩だね、アルト姫?」
「お前がそう言う時は、自分の方が上手だと思っている時だけだ。どうせまた、どこかでミスでもしてたんだろう?」
「御名答!よく分かったな、流石は姫様」
「…、いい加減、そのバカにした呼び方を止めろ」
人工的に作られた綺麗な夕焼けを見渡せる丘に、並んでそれを眺めながら立ち話。
こうしてアルトをからかう事は、俺にとってちょっとしたステータスになっていた。
他人には譲れない、俺だけの特権。
「姫をからかうのは俺のライフワークだよ」
その怒ったような顔も、最近ではだいぶキツさがなくなった。多分諦めているだけなんだろうけど、そういう所が俺をつけあがらせているのだと、いい加減に気付いても良さそうなのに。
「…、もう、良い…帰るぞ ミハエル」
「承知致しました、姫」
最後にはこうして優しい表情をくれるから、だからお前に嵌って行くのに。

少しの外出なら大丈夫だろう、と高を括って買い出しに出掛けた帰り、予報通りの見事な雨に降られ立ち往生してしまった。
今夜の雨は、確か1時間の筈だ。それ位なら雨宿りをしてやり過ごそうと、雨避けの下から街を歩く傘の行列を眺めていた。あの綺麗な夕焼けが嘘のようだと思ったが、夕焼けもこの雨も嘘なのだから仕方ない。
手に袋を抱えてぼんやりとしていると、不意に傘の行列の中から此方へ近付いて来る傘があった。
驚いた事に、その傘の下にはアルトが居たのだ。
「アルト…?どうして、」
「どうしてもこうしても無いだろう!お前、雨の予報も知らずに出て行ったのか!?」
「いや、あの…」
「っ、お前が! なかなか、帰って来ないから……」
「……、アルト…」
どうしよう、どうしよう
すごく、胸が痛い。
嬉しくて、涙が出そうだ。
空を横切る白い翼には手が届かないのだと、俺はずっと思っていたのに。
自分から降りてきてくれるとは、微塵も思っていなかったのに。
からかって いじめて 気を引いて。そんな子供騙しな関係で、自分を引き留めていたのに。
「ありがとう、大好きだよアルト」
「こんな時に、冗談…」
「冗談なんかじゃ無い。嘘なんかじゃないんだ…」
「……、ミハエル…」

今夜の雨は1時間。
でも、1時間なんかじゃ、雨は収まりそうに無かった。




end
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