捧げ物

□ほころぶひと
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雪に閉ざされた長い冬がようやく終わりを告げた。

厳しい寒さに耐えた草木は、一斉に花を咲かせ始めた。

鳥たちのさえずりが山あいにこだましていく。

まるで山そのものが歌っているようだ。



人里離れたその山道でギンコは立ち止まり、蟲煙草をふかした。

辺りの風景は最後に見たそれと全く変わっていない。

急な斜面ぎりぎりの大きな桜の木は、今年も見事な花を咲かせている。

ここまで来れば、あの姉弟の住む家ももうすぐだ。



久しぶりに顔を見せたら二人はどんな反応をするだろうか。

思わず笑みをこぼし、ギンコが足を踏み出そうとしたそのとき。

前から足音が聞こえてきた。



この道の先にはあの姉弟の家しかないはずだ。

ぼんやりとそう思ったギンコは、まさか近づいてくる足音がその弟本人だとは思いもしなかった。

ミハルはというと、ギンコの姿を見るなり根が生えたように足を止め、ぽかんと口を開けた。



「ギン…コ……?」

「ん、…ミハルか?よう、久しぶりだな」



ギンコが蟲煙草を落としそうになるほど驚いたのも無理もなかった。

この地を離れてかなり経ったとはいえ、ミハルは見違えるほど大きくなっていた。

声もいくらか低くなっているようだ。

ギンコはそのことを口にせずにはいられなかった。



「お前…ずいぶんでかくなったな」

「ギンコはあんまり……変わんないね」

「まあな。姉さん、元気にしてるか?」

「家にいるはずだよ。寄ってくでしょ?」

「そのつもりだが、お前どっかに行く用事でもあるんじゃねえのか?」

「いや、いいんだ。大した用じゃないし」



歩き出した二人はしばらくの間、話を弾ませた。

あれからミハルは、春まがいに手を出すことはきっぱりとやめたらしい。

ギンコもいくつかの蟲の話を聞かせてやった。

ところが姉のすずの話になると、ミハルはとたんに顔を曇らせ、目をそらした。



「姉ちゃん、怒ってたよ。何にも言わずに行っちゃったって」

「…ああ、俺も悪いことしたと思ってる」



そうこうしているとミハルとすずの家が見えてきた。

姉弟二人っきりで住むには少し大きすぎるように見えるその家も、相変わらずだ。

戸口の手前でギンコを待たせておいて、ミハルは戸を開けた。



「姉ちゃーん、お客さんだよ」

「あらミハル、あんた出かけたんじゃ…。…えっ、うそ……!」



すずは何気なく出てきたが、ギンコが目に入ると、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

驚きのあまり言葉が出てこないらしい。

困惑と驚きと喜びの表情が次々に現れては消えていった。

最後に喜びが勝ったらしく、すずは顔中をほころばせてギンコに駆け寄った。

ようやく口をついて出たのはごく自然な言葉だった。



「おかえりなさい、ギンコ」

「ようすず、しばらくぶりだな」
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