お題

□冬言葉で七つ
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雪が止んだ後の野山は、どうしてこんなに静かなんだろう。

見渡す限り白一色になるこの季節になると、いつも思う。

雨の後とはまったく違う静けさだ。

雪の欠片ひとつひとつが音を吸ってしまうのだろうか。



辺りから音がしないせいで、代わりに別の音がやけに大きく聞こえる。

衣擦れの音、荷物が揺れる音、それに足音。

それぞれ二つずつの音がさっきから山に響いている。



私は少し上がった息を落ち着かせようと立ち止まり、後ろを振り返った。

来た道には足跡が一本、緩やかな斜面に残っている。

真っ白な煙のような息を吐き出し、手袋をはめた手をこすり合わせて、私は前を向いた。



つまり、私は彼の後をを歩いているのだ。

ひょんな縁で、彼とはしばらく前から一緒に旅をしている。

私はいつだって彼の後ろを歩いていた。

もちろん野山を歩くときも、それ以外も。



見習い蟲師の私に、彼は一回り小さい木箱をあつらえてくれた。

中は書き留めた薬の煎じ方や、蟲の扱い方でいっぱいだ。

旅先では、彼の見よう見まねで私も蟲の対処をしてきた。

こうして、私はいつだって彼の後ろを歩いていた。



周りがこう静かだと、どうも考え事をしてしまうらしい。

いけない、少し差が開いてしまった。

私は小走りで追いついて、彼の袖を軽く引っ張った。



『ねえ、ギンコさん』

「ん?」

『ありがとうね』

「ああ、手袋と首巻きなら気にすんな」

『それもだけど、他にもいろいろと』

「そうか?恩を売るようなことをしたつもりはねえが、そりゃ光栄だな」



ギンコさんはにこっと笑って、私に貸してくれた首巻きを巻き直した。

私はというと、満更でもない顔をして笑っていた。

彼の前を歩こうなんて思ったことはないけれど、いつか横を歩けたらいい。

それまでは精一杯、ギンコさんの後ろを歩くだけだ。

そんなわけで私はいつものように、彼の足跡を辿った。





足跡を辿った





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