《あの男…》

□あの男…閑話休題
1ページ/1ページ

「幸村…」



フェンスから離れない彼に、仁王は名を呼んだ。


いつかこうなる事は、わかっていたはずだ。


ずっと、だまし通せるはずはない。



彼女が転入生で、テニス部に興味がなかったから、できたのだ。



何故、幸村が自らを「柳生」と名乗り、別人に成り済まして、彼女とかかわっていたのか。



おおよそはわかるものの、やはり彼女からしてみれば、裏切りにしかならない。


きっと、騙されていたと思う事だろう。


もしかしたら、どこかで柳生と知り合ったりすれば、自分が会っているのが「柳生」ではなく「幸村」だと気がついたかもしれない。


だが、悲しいかな。


彼女はその機会に恵まれなかった。



「幸村、山田のところに行くんじゃ」



「行ってどうしろと?」



「今のおまんは、山田と話さんといけん」


「無理だよ、もう…ばれてしまったから」



自分が、幸村精市である事に。


あの教室でさぼって、いろいろな話をした。


テニスもした。


そんな楽しい時間を過ごしたのに…。



今はもう…。


彼女に会うことが怖い。




「俺は、山田さんを傷つけた…」



そう漏らした幸村に、仁王は何も言う事ができなかった。




【終】

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ