《あの男…》
□あの男…閑話休題
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「幸村…」
フェンスから離れない彼に、仁王は名を呼んだ。
いつかこうなる事は、わかっていたはずだ。
ずっと、だまし通せるはずはない。
彼女が転入生で、テニス部に興味がなかったから、できたのだ。
何故、幸村が自らを「柳生」と名乗り、別人に成り済まして、彼女とかかわっていたのか。
おおよそはわかるものの、やはり彼女からしてみれば、裏切りにしかならない。
きっと、騙されていたと思う事だろう。
もしかしたら、どこかで柳生と知り合ったりすれば、自分が会っているのが「柳生」ではなく「幸村」だと気がついたかもしれない。
だが、悲しいかな。
彼女はその機会に恵まれなかった。
「幸村、山田のところに行くんじゃ」
「行ってどうしろと?」
「今のおまんは、山田と話さんといけん」
「無理だよ、もう…ばれてしまったから」
自分が、幸村精市である事に。
あの教室でさぼって、いろいろな話をした。
テニスもした。
そんな楽しい時間を過ごしたのに…。
今はもう…。
彼女に会うことが怖い。
「俺は、山田さんを傷つけた…」
そう漏らした幸村に、仁王は何も言う事ができなかった。
【終】