Searcher設定・番外編

□閑話A
1ページ/3ページ

Past→20→閑話



彼女は、幼い頃から絵を描く事が大好きだった。
クレヨンがスケッチブックの上を踊りながら描かれるのは、『サクラ園』で共に育った子供たちに職員、園長先生。
他には、園に住み着いてしまった野生のポケモンたちに花や空模様などの、一度たりとも同じ顔を見せてくれない自然を何冊ものスケッチブックに描いた。
やがてクレヨンは4Bの鉛筆とパステルと油絵具に、スケッチブックは布張りのキャンバスに変化したが、彼女――ミサカが絵を描く事が大好きなのは変わらなかった。
世界中をその目で見て描き示す旅に出たのは11歳の時、芸術家たちのパートナーとして名高いドーブルと出会い彼にパレットを名付けて共に絵を描き続けた。

「お腹の子が産まれたら写真を撮ろう。カメラを買って、たくさんアルバムに貼ろう」
「それも素敵だけど、私は写真よりもやっぱり絵で遺したい。だって、私は画家だもん」

写真は、二度と完璧には再現できない一瞬の時間を切り取って後世に遺す。
だけど彼女の描く絵もそうではないか、画家・ミサカのファン第1号であり一番のファンであると自負しているシランは、常々そう感じている。
彼女は薄桃色の瞳で見た全てを、彼女の記憶に残った全てを描く。
トレーナーと彼の肩に乗るピカチュウが顔を見合わせて微笑み合う一瞬、冬の寒さに耐えるためにポッポたちが寄り添い合う一瞬、そして既に姿を消してしまった自然たちがまだ輝いていた頃の一瞬。
勿論、彼女のオリジナルの抽象的なイメージの作品もあるが、圧倒的な作品のモチーフは一瞬の景色だ。
その一瞬一瞬は、これから先に遺しておきたい景色だ…それらはミサカの手によって、パステルと油絵具を混ぜた独特の色彩でキャンバスに表され絵画と言う形で遺る。
今は無名の画家であるが、きっと彼女の絵は評価されるだろう。
シランはそう、確信している。

「この子――ノバラが産まれたら真っ先に絵を描くの。ううん、毎日ノバラの絵を描くんだ。アルバムじゃなくて、スケッチブックを開けばノバラの成長がみられるぐらいたくさんの絵を描きたい」
「それじゃあ、写真は僕が撮ろうかな。僕がノバラのアルバムを作るよ」
「う〜ん…でも、シランってあんまり写真を撮るのが上手じゃないよね。アルバム作れる?」
「そんなに下手じゃ…ないと思う。ほら、旅先で撮った写真も悪くないよ」
「あ、新型モデルのポケギアだ。私も機種変更しようかな」

世間のトレンドはすっかり新型に移り変わっていたが、ミサカは未だに旅に出た当初から愛用している旧式のポケギアを使用していた。
今のポケギアはラジオやマップ機能だけではなく、写真やミュージックプレイヤー、その他諸々の用途で使えるほど進化している。
ポケギアのアルバムの中には、シランが旅の最中に撮り続けた悪くはない写真が記録されていた。

「シランの旅も、楽しそうな旅だったんだね…っホ、ゲホゲホっ…!」
「ミサカ!?」
「ドーブ!」
「だ、大丈夫…唾で咳き込んじゃっただけ。ノバラ、びっくりしていないかな?」

ポケギアを覗き込んでいたミサカが咽ると酷く咳き込み始め、ベッドの下で待機していたドーブルが甲斐甲斐しく彼女の背中を撫でる。
最近、ミサカは少し咽ただけでは酷く咳き込む事が多くなっていた…妊娠9か月、我が子を安心させるように大きなお腹をドーブルの手と同じように優しく撫でた。
彼女の咳を心配したシランによって病院に連れて来られ、大事を取って早めの入院を決めたのが2日前。

「何か飲み物を買って来るよ。『おいしい水』で良い?」
「うん…お願い」
「ドブ」
「あ、もうちょっと写真、見ていて良い?」
「良いよ」

シランが座っていたパイプ椅子にドーブルが座ると、任せろと言いたそうに彼を売店へと送り出した。
お腹の赤ちゃんが女の子と解ると、ミサカはまだ見ぬ娘に「ノバラ」と名付けた…愛おしそうに彼女の名前を呼んで、早く対面する事を望んでいる。
勿論シランも同じ、早くノバラに会いたい。
本当の父親にはなれないけれど、叔父さんなら…おとーさんとしての立場ならば、彼女へ溢れんばかりの愛情を注ぎたいのだ。

「妊娠中でも飲めるハーブは、ラズベリーリーフにローズヒップ、ルイボスティーも。明日、持って来よう」
「スイマセン…ミサカさんの、弟さんですよね」
「…はい」
「お姉さんのお身体について、お話が」
「……」

『おいしい水』を買ってミサカの病室に戻る途中、彼女の診察をしてくれた医師と鉢合わせした。
深刻な表情で告げられたのは、ミサカの心臓が出産には耐えられないかもしれないと言う…信じたくない真実だった。





「……」
「…ドーブ」
「……」

シランが病室から出て行ってから、ミサカは彼のポケギアに記録されているたくさんの写真を見ていた。
見ていたら、その画面にポツりと一滴…雫が落ちた。
弟とも言えるシランが傍にいる時は決して見せられない、自分の身体に起きる変化に戸惑うミサカの不安と涙は。

「怖いよ、    ―――」





ノバラが産まれてからたくさん写真を撮った…何故か、カメラではなくポケギアで。
まだまだ上手に撮る事はできないから、自分にはカメラではなくポケギアがお似合いだからかもしれない。
勿論ノバラのアルバムも作っている、シランだけの秘密のアルバムを。
いつか、ノバラが母はもうコノ世にいない事を理解できる歳になったなら、お空の旅から帰って来る事はないと知る事になったなら…このアルバムを見せに、逢いに行くから。







***
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ