Searcher設定・番外編

□閑話B
1ページ/3ページ

???→29→閑話



集められた者たちとCafé Missing Man臨時店での閑話



グルメ時代の例に漏れず、この時代を動かす原動力の中心は常に“食”にある。
それは衣・住まで呑み込まれ、まるで食衣食住食。
“食”が第一に考えられグルメ時代に深く関わる地位にある者たちは文明を支えて発展させる功労者として称賛を浴びるが、グルメ時代からポツンと取り残されてしまった者たちにとっては…地獄の世界だった。
この時代で、心の診療をするカウンセラーと言ったらグルメカウンセラーである。
それ相応の大学や専門学校で専門知識を学んだ後に国家試験を受ける事を定められており、資格を有さずにクリニックなんぞ開いたら当然処罰されてしまう。
腕利きのカウンセラーがいたら美食屋や料理人ランキング上位者並みの有名人扱いだろう、現在のトレンドは美しすぎるグルメカウンセラーのテルル女史である。
彼女はどうも、食に悩みを持つ者たちを嗅ぎ分ける能力に長けていた…それも、負の感情を増幅しやすい、自分を取り巻く人々や環境に恨み嫉み妬み憎みを持ちやすい者を選び集める能力に。

「それではセレンさん、貴女の事を聞かせて頂戴。ゆっくりで良いのよ、話したい事は全て話して。先ずは、そうね…お仕事は、何をされているの?」
「…調香師です。生まれ付き、鼻が利くんです」
「まあ、四天王のトリコみたいね」
「……その代わり、生まれ付き味覚がありません」

ほっそりとした顔の半分以上を医療用マスクで隠した彼女は、このマスクがあっても都市のはずれにある下水道の臭いまで嗅ぎ取ってしまうほど嗅覚が発達していた。
もう何回目だろうか、「トリコみたい」だと言われたのは…自分が生き難い世界を創って行く美食屋なんて、反吐が出る。

「生まれた時からずっとそう。母乳だって吐き出して、口に入れても味がしない…ただ、気持ち悪いナニかが口の中に居座っているだけ!食べるのなんて楽しくない、グルメ時代は地獄よ…みんな、憐れみしか向けないわ。「こんな美味しい物を食べられないなんて可哀相に」って!あいつら、苛々する…!」

人が憐れみの感情を与えるのは、自身より下位だと認識した証明だ。
可哀相?どこが可哀相なの、味覚がないから?食べる悦びを知らないから?
いつもそうだ、笑顔で食卓を囲んで美味しい美味しいと食事をする者たちに向けて、匂いのキツい香水を思いっ切りぶちまけたくなる衝動に駆られるほど苛立ってしまう。

「それではクリプトンさん、お話を始めましょう」
「…私は、普通の食事ができません。母が妊娠中に接種した薬の影響です。普通の食べ物を口にすれば、身体が拒絶反応を起こして吐き戻し、最悪の場合は内臓破壊を起こします」

細長い鉛筆のような印象を受ける青年は、人間よりも猛獣たちが好きだと言っていた…特に、食べる事ができないラドンと言う生き物に親近感を持っていると言う。
彼が摂れる食事は、種類こそあるのだがあまりにも苦痛を強いられるものだった。

「グルメ害虫っていますよね、名前を口に出すだけでも嫌な顔をされる…本来は食用にもならずに、食材を荒らすあいつらです。そいつらなんですよ、唯一拒絶反応を起こさないで食べられるのは。しかも調理はできない、所謂踊り食いです…美味いはずないですよ、苦痛しかありません。私の食事風景は、悲鳴と「気持ち悪い」の言葉しか出て来ないんですよ。幸い、水だけは普通に飲めますけど…もう、耐えられない!」

産みの親にさえ見捨てられた、お前の食事に耐えられないと言われて。
“食事”を拒んで自殺しようともしたが、死に切れなかった…直前になるといつも、どうして自分が死ななければならないのかと言う言葉が頭に浮かんで来たから。
好きでこんな身体に産まれた訳じゃない、普通に食べられる事がどんなに幸せな事か気付いていない奴らが羨ましい。

「ライフの再生屋の卵だったのね、凄いわネオンさん」
「…辞めました。身体が付いていけなくなったんです。診断も出ました、拒食症って。元々食が細くて太れない体質で、学生時代なんて鶏ガラって言われるほど細かったんです。でも、こんな私を好きって言ってくれる人がいて…愛しているって、結婚しようって言ってくれた」

ゴスロリ調の濃いメイクは酷く青白い顔色を隠すため、レースがたっぷりの服装はガリガリの身体を隠すため。
有頂天だった、こんな自分でも愛してくれる人がいると知って自分も彼を愛して尽くそうと思っていた。

「でも、彼…私の身体だけが目当てだった!私の体重をグラム単位で管理して、1gでも太ると酷い暴力を振るって…!遂には、私が何かを食べているだけでも怒って、殴って蹴って…恐かった。彼も、あの時、彼を愛していた自分も…DV被害者の保護施設に駆け込んで、ようやく逃げ出せたけど、私の身体は元には戻らないって。もう、食べ物を受け付けない身体になっちゃったんです。妊娠も絶望的だって」

そんな事情を知らない癖に、「こんなに痩せてダイエット?もっと食べなさい!」と食事を差し出して来る連中に、どうしようもない怒りが込み上げて来た。
恋におかしくなっていた自分へ、ガリガリにやせ細ってしまった骨のような身体へ、邪気のない笑顔で自分が食べられない食材を差し出して来る者たちへ、行き場のない怒りが…。

「…ええ、この3人が有望株ですわネオジム様。もう2、3人は欲しいところですが」
『よろしい。セレン、クリプトン、ネオン、この3人の負の感情をもっと鍛えてやれ』
「承知しました…ところで、ネオジム様。いつになったら、私に素顔を見せてくれるのですか?」
『……自分の立場を理解していないようだな、テルル。誰のおかげで、グルメカウンセラーの資格があると思っている。私がお前にさせてやったカンニングを…』
「と、とんでもない…口が過ぎました、申し訳ありません」
『解れば良い。これからも同朋を集めてくれ…我ら『C.E.S』のために』

C.E.S
Can’t Eaters

彼らは、食えぬ者たち――







***
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ