Searcher本編

□02 Tea Room
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Searcher〜Tea Room



とある小高い丘に家がある。
少し遠出すれば、普通の人間では太刀打ちできない捕獲レベルの猛獣(美味)がうようよいる地帯にしては、随分と場違いな家。
道に迷った兄妹が思わず引き寄せられてしまうほど魅力的な甘い誘惑を放つ、絵本の中から跳び出して来たようなお菓子の家なのだ。
ちなみに、このお菓子の家に魔女は住んでいない。
住んでいるのは、魔女には程遠いとある美食屋であるが、最近居候の父娘が増えた。
小鳥が朝を告げるように囀り日が昇る、そして、目覚まし代わりの足音がバタバタと近付いて来たのだ。

「トリコー!朝だよ、おきて!」
「んがっ…!」

ウォールペンギンの着ぐるみパジャマを着たノバラが、大きなベッドをよじ登りトリコの上に思いっ切りダイブして来た。
彼の家でお世話になって本日で4日目だが、彼女のモーニングコールによって起きるのが最近の朝の光景である。

「おはよう!」
「おはよう、ノバラ。今日も朝から元気だな」
「うん、げんきだよ。テリーくんにもあいさつしてくるね!」

トリコが起きたのを確認すると、身体の上から飛び降りてゆっくりと階段を下りた後にドタバタと駆け出して外に出る。
向かうは新しい友達のところ、ノバラが玄関の細い隙間からすり抜けると彼女の前に巨大な狼が現れた。
自動車よりも巨大な白い狼、まだ幼いながら王者の風格と威圧感に当てられたら大人だって震えてしまうだろう…しかし、彼と真正面で向き合っているノバラは震えるどころか、狼に両手を広げたのだ。

「テリーくん、おはよう!」
「ウォウ〜」
「オブくんもおはよう!」
「ゴァ!」

古代の王者の血を受け継ぐバトルウルフのテリー・クロス、すっかり大きくなってしまった彼であるが、人懐っこくノバラに挨拶代りの頬擦りをした。
これだけ巨大な生き物はポケモンでも見た事がなかったが、初対面でも怯えずにテリーに抱き着いたノバラに唖然としたのはまだ記憶に新しい。
ついでに、テリーの舎弟であるオブサウルスまでもニコニコしながらノバラと朝の挨拶を交わしているのだから、彼女は相当の怖い者知らずである。

「おはようございます、トリコさん」
「おはようシラン。やっぱり、ノバラの奴将来大物になりそうだな…」
「まあ、お店でも色々な方から言われていました」

興奮状態で暴れている自然公園のカイロスにも、好奇心全開で突撃して行った時は肝を冷やした。
だが、好奇心旺盛でどんな人でもポケモンでも動物でも、邪気を含まずに近付いて仲良くなってしまうのがノバラの良いところである。
テリーの肌触りの良い毛並みに顔を埋めている娘の姿を見ながら、シランは朝食の準備を終えてポットに沸騰したお湯とミルクシスルを中心とした茶の葉を入れてじっくりと蒸す。
グルメ世界における食材のインフレは激しい、しかし、捕獲レベル1以下のポケモン世界にも売っているような普通の食材ならかなり安価で手に入るのだ。
早速この世界のハーブを知るために数種類ほど手に入れたシランは、毎日違うブレンドでお茶を淹れてくれる。

「はい、どうぞ。ミルクシスルをメインとした、肝機能を高める一杯です。また昨日は飲んでいましたからね」
「お、ありがとうなシラン」
「トリコさん、まだしばらくお世話になってもよろしいでしょうか?まだ良い物件が見付からなくて…」
「別にずっといても良いけどよ。子連れじゃ色々大変だろ」
「そこなんですよね」

いつまでも居候のままではいられないが、グルメ世界では無職で子連れと言う身の上では住居も見付け辛く、仕事をするにしても良い保育所も見付からない。
シランの腕は確かなのだが、飲食店や料理人がシノギを削るこの時代では、ポケモン世界の商業都市以上の激戦なのだ。

「けれど、高望みはしませんよ。私は、ノバラとポケモンたち、あと、ハーブと音楽があれば生きていけます」
「結構多いな!」
「おとーさん、パレット出して」
「ノバラ、あんまりポケモン図鑑で遊ばないように」
「はーい。でた!」
「ドーブ」
「そう言えば、朝のお仕事は?」
「やってくる」

ポケモン図鑑の画面にドーブルの姿が出て来て喜ぶノバラだが、あの図鑑はいつの間に彼女のポシェットの中に紛れ込んでいたのだろうか?
ノバラの宝物が入っている小さなポシェットの中にあったのは、見慣れぬデザインのポケモン図鑑…ポケモンと共に旅をするトレーナーのお供である。
シランも昔は図鑑と共に旅をしていたが、コガネシティで店をオープンする際に返却してしまったが、この図鑑はシランの知らないデザインであった。
一般には未発表の、ホウエン新デザインのポケモン図鑑、ハイテク機械のはずなのにすっかりノバラの玩具となってしまっている。
シランのポケモンたちや、知らないポケモンの姿が画面に映し出される度に目を輝かせて喜んだ。

「ゆうびんです。ちょうかんでーす」
「毎朝ありがとうな」
「いいえー」
「ドー」
「…ん、『ホテルグルメで食材偽装発覚』?」
「ホテルグルメって、小松さんの職場では」

ノバラの仕事とは、郵便ポストの中に届いた郵便物や新聞をトリコに配達する事である。
彼女が持って来た本日の朝刊の一面は、小松の職場である『ホテルグルメ』で食材偽装が発覚したと言う記事であった。
しかし、彼が料理長を務める最上階のレストラングルメで偽装が行われたのではなく、32階に入っているカフェテラスで行われたと新聞は報じていた。
食が食を呼ぶグルメ時代、この時代において食品・食材を偽装する事は、殺人と同等の重罪である。
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