Searcher本編

□04 Colosseum
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Searcher〜Colosseum



摘んだばかりの新鮮な若芽を軽く揉み、ポットに淹れてから先ずは温めのお湯を注ぐ。
蓋をしてから32秒蒸して、沸騰した熱湯を注ぎ軽く揺らしてからティーカップに淹れて数秒待つ。
すると、最初は淡い黄緑色だったお茶の色が分離して下には水のように透き通った層となり、上には澄んだ緑色となったのだ。

「どうぞ、『プラチナミント』のハーブティーと今週のケーキ・ガトーショコラです」
「凄いですねシランさん、『プラチナミント』のハーブティーをこんなに綺麗に分離させるなんて…香りも良いな。清涼感と刺激が入り混じった、フレッシュな一杯です」
「お褒め頂き、どうもありがとうございます」

『プラチナミント』は普通のミントよりも刺激と甘味が強い白銀色のミントであり、上記の手順でミントティーを淹れれば透明と緑の綺麗な層に分離する。
しかし、若芽の具合によって温度調節や蒸らし時間に幅があるため、綺麗に分離するのは難しいがシランは見事な二色のハーブティーを淹れたのだ。
グルメ時代に氾濫する数多くの食材、それはポケモン世界と比べれば何百倍にも及ぶ数であるが、だからこそやりがいがあるではないか。
ホテルグルメの32階にて、『Café Missing Man』臨時店をオープンし同店のマスターとなったシランは、この世界の珍しいハーブの知識を勉強して自分の技術として昇華させたのだ。
この一杯を見れば解るだろう、彼のセンスの良さと確かな腕前を。

「ガトーショコラと一緒に食べれば、チョコレートで甘くなった口の中がサッパリしますねトリコさん」
「ああ…」
「どうかしましたか?今日はお替わりもありませんし」
「いやさ、第1ビオトープに来いってIGOから呼ばれてるんだよ。しかも面倒臭い用事でよ」
「第1ビオトープ?」

それは、IGOがグルメ開発の研究のための庭であり通称・美食の庭。
第1は最も広くその広さは、地方が何個も入るくらい広大だ。
かつてその庭で、『リーガルマンモス』を相手とした壮絶なハンティングと敵との戦いは今でもはっきりと思い出せるくらい強烈な思い出だった。
その第1ビオトープに呼ばれていると言う事は、またもや『宝石の肉』を獲って来いとの依頼なのだろうか?

「ハントの依頼じゃないから気が乗らねえんだ…コロシアムに出場しろって事だよ」
「えーあのグルメコロシアムにですか?」
「いらっしゃいませ」

トリコがIGOからの招集に渋っている理由を語り始めたのと同時に、カフェに新しいお客様がやって来たが…シランにとっては初めてのお客様でも、彼らには見知った顔であったのだ。
黒服にサングラスと、カフェにやって来るには些か物々しい男性が真っ直ぐカウンターに向かって歩いて来た。

「…ご注文は?」
「マスターにお任せします。トリコ様、お迎えに上がりました」
「ヨハネス部長!お久しぶりです」
「行かなきゃ駄目?」
「申し訳ありませんが、所長命令ですので。それと…マスター、貴方もご同行願います」
「え?」

IGO開発局食品開発部部長・ヨハネスにプラチナミントのハーブティーを淹れたシランだったが、まさか話の矛先が自分に向くとは思っていなかった。

「このホテルグルメで貴方の店に営業を許可するのに、杏蜜女史によってゴリ押しで承認されたのですが…」
「その節は、どうもありがとうございました」
「いいえ。ですが、上層部から貴方の戸籍もグルメIDも存在しないとの話が出ているのです」
「っ!」

戸籍は元より、食事の咀嚼回数までも記録されているDNA検査にも匹敵する個人情報が存在しない…だって、シランはこのグルメ世界に生を受けていないからだ。
IDの内容は絶対的に閲覧が禁止されているが、IDが存在するかしないかは上層部で確認できる。
今回、専属ホテルの店舗のマスターに新しい者が着任すると聞いて後々調査を行ったら戸籍もなにも、彼の足跡とも言えるものが何も発見されなかったのだ。
しかし、トリコや小松の推薦もあるし、なにより当ホテルのbQのゴリ押しが凄かった…一応認可はしたのだが、今回の定例報告会でシランの存在が議題に上がってしまった。

「貴方は、何者なんでしょうか?」
「……今は、Missing Manのマスターで、1人の女の子の父親です。どうですか、プラチナミントティーと一緒に甘い物でも?今週のケーキは、ほろ苦いガトーショコラです」
「また今度、お願いします」
「シランを連れて行く事も、マンサム所長の命令か?」
「はい」

専属ホテル内のカフェのマスターと言えども、身元不明の人間に任せておくのは言語道断と言う事なのだろう、流石にトリコたちの推薦があってもそれは同じだ。
国連を超えた巨大な組織であるからこそ過敏になる、その過敏な行動が行く行く皮肉な形となって返って来なければ良いが…。

「…少々お待ち下さい。店を閉めて、託児所に娘を迎えに行ってから」
「シランさん、行くんですか?」
「トリコさん、小松さん、その所長さんは信頼できる方ですか?」
「大丈夫だ。呑兵衛だけど豪快な性格の所長だからよ。シランとノバラの事を話しても、受け入れてくれるだろう」
「それなら安心です」

ポケモンと言う生物が存在する世界から迷い込んだポケモントレーナーである事、そのポケモンたちを連れている事…そして、唯一の手掛かりが“ミュウ”と言うポケモンだと言う事を、語らなければならない。
自分たちと同じく、どうやって紛れ込んでしまったか解らないポケモン図鑑に映し出されたピンクのポケモン。
この子との鬼ごっこを終わらせる事が、自分たちの現状を詳しく把握するためのヒントである。







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