Searcher本編

□07 Museum
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Searcher〜Museum



IGOの施設である第1ビオトープにて再び、グルメコロシアムがいつ再開するか解らない休業に追い込まれた。
前回よりは若干被害総額は低いが、世間的評価や信用を一気に急降下させると言う失態も勘定に入れれば前回よりも痛いダメージである。
監視カメラの映像がインターネット上に流出した事によって、グルメ税を納付している一般の人々の目に触れた実態…猛獣たちをリングの中で戦わせて金が舞い飛び、その血と興奮を賭けの対象とする倫理的にNGな裏の顔が白日の下に曝された。
更に、そのコロシアム内でトラブルが起これば、猛獣たちが逃げ出す騒ぎとなったらどうだ?
我先にと他者を押し退け跳ね退けて出口に向かって逃げ出し、どさくさに紛れてコロシアムに落ちた紙幣を両手一杯にかき集める。
あまりにも身勝手で欲にまみれたその姿を目にした人々は嫌悪感を抱いた。
そして、行動力が有り余っているネット民たちは流出映像を解析してコロシアムの観客たち――世界中のVIPたちを特定してその個人情報を曝し、一斉に叩き始める。
書き込み掲示板やらSNSによって瞬く間に事件の内容は広がり、メディアもそれを嗅ぎ付けて臨時ニュースを放送決定。
インターネットと言う匿名性の高い情報の海に一本の映像を数分間投下するだけで、この混乱っぷり…これだけで、一部のネット民はお祭り騒ぎとなり人々は不安と怒りに侵食され政治・経済的な面でも大きく揺れ動く。
支持率は下がり民衆のデモを呼び起こし株価は大暴落、食の元に輝くグルメ時代の正義の輪郭が翳み始める。
美食會のハッカーが起こしたサイバー攻撃は結果的に、普通に施設を暴力的に蹂躙して破壊するよりも、大ダメージを与えたのであった。

「所長!本部からの電話が…こっちは、各所から抗議のFAXです!」
「謝罪会見はいつかって、メールが大量に!」
「しかもどさくさに紛れてスパムメールまで!」
「おい不用意に開けるな!ウィルス入りもあるぞ!?」
「マンサム所長!」
「今ハンサムって言った?!」
「言ってねえよ!!」×職員

お陰様で第1ビオトープの電話は鳴りっぱなしFAXは紙を吐きっぱなし、メールは1秒に30通は届くしオマケにスパムメールやウィルスまで送り付けられている。
本部でも対応に追われているようで、各部署の局長たちがその対応に当たっているが、第1ビオトープは負傷した職員たちの救護とコロシアムの観客の対応に回っていた。
サイバー攻撃で混乱の最中、偽造したグルメIDによって侵入していたGTロボが職員を蹂躙して食糧庫を襲撃…その結果、保管していた『宝石の肉』のみならず多くの食材を強奪されたのだ。

「全く、セドルの襲撃が可愛く見えるぐらい迷惑なサイバー攻撃だわい。美食會め、厄介なハッカーを引き入れたな」

しかも、その人物はシランやノバラと同じく、“ポケモン”が存在する世界から迷い込んだ人間と言うではないか。
“ミュウ”を捜す事を放棄して、この世界で生き延びるために美食會を宿木とした青年…彼が気だるげに告げた真実は、シランの心に重い楔を打ち付けたのだ。

「できた!おとーさん、どう?」
「ありがとう、とっても上手だよ」
「シランさん…」

ノバラに緑のリボンで髪を結い直してもらったシランの表情は、穏やかな笑みの仮面を被っていてもどこか浮かない…そりゃそうだ。
異世界で出会えたと思った同じ世界の人間とポケモンたち、いわば仲間とも言える存在が敵に回っただけではなく、早く“ミュウ”を見付けなければ世界が崩壊するなんて重大な真実が急に伸し掛かって来たのだから。
トリコたちにはその事を説明したが、ノバラには告げていない…まだ4歳の彼女にその事を教えてもちゃんと理解できるかも解らないが、娘を不安にさせたくなかったのだ。
美食會側に付いた彼が“ミュウ”の捜索を放棄したならば、探せるのはシランとノバラだけ、2人とポケモンたちだけで世界の崩壊をかけた鬼ごっこをしなくてはならなくなってしまった。
ただのカフェのマスターであり、ただの父親の両肩に降りかかるのに値しない重圧、それを目の当たりにした彼にかける言葉が見当たらないのだ。

「こればかりは、オレたちの慰めなんて役に立たねえな」
「そんな、ボクたちだって“ミュウ”を捜せますよ。それに…サポートする事だって」
「でも、その…ポケモン?とか言うのは、ウチたちの知っている普通の生き物とは違うんでしょ。それで、手伝えるの…?」
「確かにそうですけど…そ、そうだ。シランさんもノバラちゃんも、お腹空いていませんか?ボクが何でも作りますよ」
「小松さん」

料理人である小松ができる事、それはお腹を空かせている人たちに料理を振る舞う事だ。
例え、自分が“ミュウ”との鬼ごっこに参加できなくても、この人たちを支える事ができる…彼の優しさが、胸に響く。
だけど今のシランは圧倒的な情報量でお腹がいっぱいだ。

「まだすいてないよ」
「小松さん、どうもありがとうございま………っ!!?」
「シランさ、ん?どうしたんですか?」

急に、彼の紫の目が大きく見開かれてある一点を凝視して…そのまま部屋を出て行ってしまったのだ。
ノバラを置いて行ってしまうなんて普段の彼からは考えられない、一体何が彼をそうさせたのか?
此処で状況を説明しよう。
彼らがいたのは施設内にある一室、この時のシランには小松の後ろにあった窓が目に入っていた。
窓の向こうには反対側の部屋に飾られている鏡が見える、それだけならば特に気にはしないだろう…しかし、目をよーく凝らして見るとその鏡に何かが映り込んでいるのに気付くのだ。
それは、その部屋に飾られている一枚の絵、その絵を見た瞬間にシランは飛び出した。

「な、何で…どうして、ココに…?」

息を切らせて実際に絵がある部屋までやって来て、鏡に映っていない本物をその目で見る。
間違いない…パステルと油絵具を混ぜた独特の色彩に繊細なタッチ、そして作者のサインのように絵の右下に印されている三連に並んだ薄桃色の小花。
何で、どうしてこの世界に…?












「………っ、ミサカ…!」

その絵は、彼の亡き親友であり、ノバラの実母が描いたものに間違いなかった。
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