Searcher本編

□08 Cracking
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Searcher〜Cracking



その光景は正に針葉樹林…針のような葉を茂らせた森ではなく、鋭い針を茂らせた森であるからだ。
この森にハイキングに来るとしたならば、樹海に足を踏み入れる以上に自殺志願者の最期のハイキングになるだろう、または先端恐怖症者が発狂する。
あまりにも危険なために足を踏み入れる事が禁止されている第一級危険指定地域、針が茂るその様子から付けられた字名は『悲愛の森』…『ソーンウッド』。
森の奥深くに城砦を構えるのは、先日もIGOへの襲撃を起こしたグルメ時代の敵、食を独占する者たちとして“悪”と認定されている『美食會』の本部だ。
その本部の更に奥、たくさんのネットワーク配線と書物に囲まれ、壁に敷き詰められたモニターから流れるのが世界各地の情報と構成員たちの連絡。
これらの情報を整理し、時には力ずくで有益な情報を手中に収めるのが、美食會第2支部・情報収集チームに割り当てられた仕事である。
第2支部のメンバーはグルメ細胞を持てども、戦闘ではなくこのような裏方の特殊能力に秀でている者が多く、支部長のユーの指示で食材や『GOD』に繋がる情報を日夜収集している。
そんな第2支部で本日、支部長主催のお茶会が開かれた…と言っても、お茶会と言う名の定期会議だ。
質の良いグルメティーを淹れて軽い軽食などをテーブルに並べ、支部長の趣味であるアンティークの食器が並ぶと言う、一見したら優雅な午後のティータイムだろう。
しかして実態は、ただ1人だけコーヒーを飲んでいる新入りに対して、ピリピリと殺気が飛んでいるものであったけれど。

「カラー、貴方が茶会に参加するのもこれで三回目になりますが、そろそろお茶の一杯でも飲んだらいかがですか?」
「色付きのお湯なら、こっちの方が良い。それより早く本題に入れ」
「貴様…ユー様のお茶会で、その態度…!」

隣の席に座る腕の長い男…同僚だが名前は忘れた、彼に睨まれても、カラーはマイペースに持参したカップでブラックコーヒーを飲み続けている。
実にふてぶてしく態度もデカい新入りであった、美食會のハッカーとして第2支部所属となったこのカラーと言う男は。
が、誰も実力行使で彼に掴みかかる事はできない…他の支部の構成員と比べて戦闘能力が低いと言う点もあるが、カラーが新入りにして今一番の実力者であるからだ。
美食會は実力主義、年功序列は役に立たず組織に貢献できる者にはそれ相応の地位が与えられる。
カラーが与えられたのは『ハッカー』と言う地位、その名に相応しく、彼のハッキングの腕は全員が舌を巻くほどのものであった。

「落ち着きなさい。では本題に入りましょう…料理長・クロマド様からのご命令です。「これから先、狙うのはグルメ界の食材のみ」…我々第2支部は、人間界に眠るグルメ界の食材に関する情報を手に入れる事。『BBコーン』を始め、人間界で手に入れる食材はあまりにも少ない。それをも全て、我らがボスが牛耳るための地下工作を貴方たちにお願いします」

他の支部長に比べたら、ユーの物腰は柔らかく身形も上品であるが、完全実力主義の美食會で支部長と言う地位を手に入れているだけあって相当の実力者だ。
そんな彼はカラーの実力を高く評価している、タメ口聞いても相変わらずの一言で済ませるぐらい評価している。
だって、彼の加入によって、美食會のネットワークセキュリティは何倍にも強化されたし、今月に入ってから多くの重要機関の情報を大量に入手できた。
しかも、第2支部のメンバーが何年かかっても完璧な物は作れなかったグルメIDの偽造が彼1人で完成させたのも評価が高い…上司は評価していても、同僚たちの評価は悪かったが。

「ユー様、気になる情報が」
「言ってみなさい」
「ジダル王国の『地下料理界』ライブベアラー…奴がコレクションしている食歴のデータの中に、人間界で入手できるグルメ界のものがあるとの情報です」
「その情報の出所は?」
「それは…」
「大方、その地下料理界だかに出入りしているVIPどものSNSから流れたんだろう。『グルメカジノ』のVIPエリア閉鎖に、多くの連中が湧いてやがる」
「貴様、そのページにどうやって?!」
「さあ」

カラーがそれぞれの所持するパソコンの画面に表示したのはSNSの画面、それも各国のVIP御用達の厳重なセキュリティを敷いているものだった。
完全な招待制で、このSNSに参加する者から招待されたアカウントでなくては入る事のできない掲示板には、『グルメカジノ』のVIPエリアが閉鎖されたと嘆く書き込みが連なっている。
またクラッキングして潜り込んだのだろう、過去のログを辿って行くと、ポツリと呟いたような一行を見付けた。

「『グルメ界の食材はやはり素晴らしい。勝利の後の食事は、また格別だ』…成程、脳から味わう食のデータの中にグルメ界のものがある可能性が高そうですね。カラー、この一件は貴方に任せます」
「ユー様!こんな奴よりも、この私めに!」
「いや、オレに」
「勝手にやれ。面倒だ」
「コラ!」

支部長からの任務はお任せ下さいと次々に名乗り出るが、仕事しろ!と突っ込みたくもなく一言がカラーから発せられた。
現在は開発部門から依頼されたGTロボのシステム開発にも着手しているため、ぶっちゃけ面倒臭い…折角調子に乗って来て、あと少しで完成できる段階にいるのに。

「新入り!舐めるのもいい加減にしろ!もう二度とハッキングができない身体にしてやろうか!」
「…『はっけい』」
「コジョっ!」

遂にキレた同僚、第2支部の中ではガタイの良い男がコーヒーを啜るカラーに掴みかかろうとしたが、彼の後ろから飛び出して来た白い影に吹っ飛ばされる。
ムチのような体毛を身体に添えて撃たれた衝撃波は男だけを吹っ飛ばし、お行儀良くお茶会のテーブルはお茶一つ零れずに綺麗なまま。
コジョンドに吹っ飛ばれた同僚だけが、麻痺して転がっているだけであった。

「カラー、座りなさい」
「…っち」
「コジョ〜」

一応、上司の命令だけは聞いておいた。
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