Searcher本編

□15 Venus’s Tears
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Searcher〜Venus’s Tears



その日のCafé Missing Man臨時店は、随分と早い時間に『CLOSED』の札を扉に下げて、従業員たちも帰してしまった。
臨時休業と言うよりは貸切り状態、誰にも聞かれたくはない話をするためにIGOに貸し切られたのである。
その話の主題と言うのは、強化ケースに収められた美しい結晶…幼児の爪ほどの大きさもないけれど、確かな存在感と美しさを主張するそれは、『グルメ界』から流れ着いた食材だと言うのだ。

「うわ〜これって、宝石じゃないんですか?」
「いいえ、グルメ界の食材です。と言っても、あまりにも小さな欠片のため食す事もできませんが」
「『ヴィーナスの涙』って言ったか。本当にあるんだな、人間界にグルメ界の食材が」

シランが淹れるハーブティーの香りと、『奏砂』の砂時計から流れる微かな旋律だけに支配される静寂な店内で、ケースを差し出したヨハネスはトリコの言葉に小さく頷いた。
美と愛の女神ヴィーナスは、別名・アフロディーテとも呼ばれ同一視されているが、神話では彼女は海から生まれたと言われている。
人間界とグルメ界を隔てる毒潮を何らかの要因で乗り越えて、その結晶は我々の世界へやって来る…海から生まれた女神の涙が零れ落ちるかのように、小さな欠片がIGOによって発見されたのだ。

「IGOの調査で、グルメ界と毒潮を繋ぐ海流の中に一定のルートがある事を突き止めました。残念ながら、グルメ界側の海流ルートは特定する事ができず、『ヴィーナスの涙』がどこから漂着しているのかは解りませんでした」
「『BBコーン』や『杏仁流星群』と同じ、人間界に運ばれた食材か。で、こいつはどんな食材なんだ?」

それは、この結晶が流れ着くポイントを発見してしかとその姿を拝んだ時のお楽しみと言う事で。
貴重なサンプルであるため食べる事はできないケースの結晶、一見したら宝石かと思い込んでしまうほど美しいそれは、一体どんな未知なる味を我らにもたらしてくれるのだろうか?

「そう言えば、これってオヤジの依頼なのか?」
「いいえ、IGO独自の…もっと言えば、マンサム所長からの依頼です」
「失礼します。もう一杯、お淹れしましょうか?」
「頼む。シラン、お前も見てみろよ」

貸切り状態のためお客様は3人だけ、彼らのカップが空になったのを見計らいシランはお盆を片手に二杯目の注文を取りに行った。
トリコに勧められて彼の大きな手から小さなケースを受け取ると、小さな欠片が照明の人工的な光に照らされて、結晶構造が複雑に構築された内部でキラキラと光を反射している。
事を知らぬ者がこれを見たら水晶かダイヤモンドかと思うだろう、実際の価値はそれら輝石類以上であるが、これも食べられると言うのだから不思議な感じがする。

「本当に綺麗ですね。どんな食材なのかも気になります。
「食ってみてからのお楽しみだ。お前も来るか?」
「折角のお誘いですが、私にはノバラもいますし店もありますから。また今度の機会に」

前回、“ミュウ”を捜す旅をシランとトリコ・小松のコンビで行って来たが、結果はどうあれ楽しかった…だけど、カフェのマスターはそう簡単に店を開けられない。
黒い腰巻エプロンを巻き、カウンターの向こうで穏やかな笑顔と癒しの香りでお客様を出迎える方が、彼には合っているのだから。
『ヴィーナスの涙』を巡る旅は、いつものコンビで旅立つ事にしよう。
小松は早速有給を取るために、手帳のカレンダーと相談を始めていた。
これにて依頼の話は終わり、ヨハネスも仕事に戻り貸切り状態にする必要もなくなったため、扉に下げている札を『CLOSED』から『OPEN』にしようかと思った矢先に来訪者が現れた。

「こんにちは、『COLESED』とあったけれど良いかな?」
「いらっしゃいませココさん。どうぞ、今から開けようと思っていたところです」
「ありがとう。カモミール系を頼めるかい」
「はい」
「お前が来たって事は…」
「ああ、ボクのところにもIGOの人間が来たんだ」

以前顔を合わせてから、ココにも贔屓にして頂いているが、このタイミングでやって来たところを見るに彼にも『ヴィーナスの涙』がお披露目されたのである。
IGOとしては貴重なグルメ界の食材の管理・発見はこちらで主導を握りたい、ましてや今現在、『美食會』が人間界にあるそれらを狙っているのだから。
奴らの手に渡る前に回収したいのは言うまでもない、だからできる限り四天王に接触を図ったのだ。
ちなみに、“四”天王と言っているがゼブラは最初から頭数に入っていません。
理由は、職員が怖がったからです。

「最初は断ろうと思っていたんだ。会長からの依頼も、占い師としての本業もあったからね。でも…」
「何か気になる占いの結果でも出たのか?」
「そう言う事」

あの美しい結晶の正体も気になったが、それ以上に気になるモノがココの目に見えたのだ。
近い内…否、『ヴィーナスの涙』を巡る旅の中で、自分は奇妙な存在と出逢う。
はっきりと感じ取れず予見もできない、あまりにもおぼろげな姿を形取る電磁波は酷く捻じ曲がっているようにも感じた。
ココがこの獲物を求め美食屋として旅に出るのを決めたのは、確かに『ヴィーナスの涙』に興味を惹かれたのもあった…しかし、姿の見えない存在が決定打となったのは否めない。

「恐らくサニーにもこの話が行っている。『ヴィーナスの涙』が獲物なら、喜んでIGOの依頼を受けるだろう」
「じゃあ、みなさんと旅ができるんですね!楽しみだな〜」
「…楽しい旅なら良いんだけど」
「浮かない表情をしていますね。どうぞ、カモミールに少しのペパーミントをブレンドしました。御武運…いえ、食運を祈っています」

シランの差し出した香りに包まれて、彼らは女神の涙を求めて旅に出る。
ココの占いで出た酷く捻じ曲がった存在も、彼らの前に立ち塞がる事になるとは…この時はまだ、予見していなかった。







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