Liberator設定・番外編

□閑話
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福富屋さんにてのお茶会を終えた後の閑話



香ばしい匂いのする薄焼きのガレットを、割らないように慎重にクッキングシートから剥がして冷ます。
ガレットが冷めたら皿に一枚盛り付け、その上に甘さ控えめのカスタードクリームを搾り、カスタードに挟むのは旬を迎えた真紅の木苺だ。
丁寧に洗って水気を取ったそれらをカスタードの上に乗せたら、薄焼きのガレットを更に乗せてミルフィーユのように三段ほど積み上げる。
以前作ったコンフィチュールを丸く皿に乗せ、その中心に箸で曲線を描くと、真紅のソースがハートの模様になった。
仕上げに、一番上のガレットの上に粉砂糖を振りかければ本日のスイーツの完成だ。

「本日のスイーツは、ヤマブキシティの有名店『木苺亭』の看板メニュー『デ・セール』」
「ペロー!」
「あのレシピを公開しているところか。差し入れで食べた事があるけど、美味かったなぁ」
「自分で独自に改良してみたんだけど、本家とは違った美味しさがあると思うよ」
「ぱう〜」

芸術品のように美しく組み立てられたスイーツは、どうしようもなく女心を擽る…ディルが盛り付けたデ・セールに、パウワウがキラキラした視線を送っていた。
学園長にこの皿を届けたら、自分とアスターもお茶にしようとペロリームが並べた他の皿も盛り付ける。
女性のものにしてはゴツゴツしているが、優れた職人としてのディルの指が器用に動いて華美な皿盛りデザートが出来上がって行く。

「…なんや、魔法みたいだな」
「魔法?」
「そう。小麦粉に砂糖に卵に木苺。色々な材料が、ディルちゃんにかかればこんなにも綺麗なスイーツになるんだ。俺たちにとっては、魔法みたいだよ」
「そう言えば、私もそう思った事があったな。初めてシュクル・ティレ…飴細工を見た時は、魔法みたいだと思った」

材料は砂糖と水と着色料、だけど熟練の職人の手にかかればそれらは生命を吹き込まれて薔薇の花となる。
しかし、それはディルだけに言える事ではない…アスターだって、ハサミと櫛を手にすれば女性を今よりももっと輝かせる事ができる。
それも一種の魔法だろう、誰かの目から見ればアスターも十分魔法使いなのだから。
彼らの手は魔法のように、キラキラとして綺麗ものを創造して行く…彼ら長年の修行の末に手に入れたのは、創り出す技術なのだ。

「こんにちは。お茶を一杯頂けますかな?」
「山田先生。お菓子も一緒に、いかがですか?」
「では頂こう。ほう〜これは綺麗な菓子ですな」
「生地が甘いので、クリーム…餡は甘さ控えめで、新鮮な卵の旨味が十分に感じられます。口の中が甘くなりすぎたら、間に挟んである木苺をどうぞ」
「ペロリ〜」

ペロリームが山田の座った席にデ・セールの乗った皿を置き、急須と湯呑を持って来たディルがお茶を淹れる。
パティシエールとしてだけではく、自身のスイーツで客人をもてなす仕草もプロのそれを感じる…約10年、旅に出てからこれまでに培った彼女の技術を、此処でも感じ取った。

「は組の子たちは、教科の時間ですか?」
「はい、今は逃げ方の授業ですよ…補習なんですけどね」
「胃を抱える土井先生の姿が、目に浮かぶなぁ…」
「今度、『甘いミツ』入りの葛湯を差し入れしようか…。え、逃げるって、逃げる授業もあるんですか?」
「忍者の使命は何も、戦って勝つ事じゃない。忍務を成功させるためならば、生き残るためならば“逃げる”と言う選択肢が必ず出て来る。その時に、確実に生き残れるように学ぶんですよ…むしろ、一年生は最初に生き残る術を習います」

逃げると言うのは悪い事ではない、忍者の世界の場合は忍務を成功させる事が勝ちなのだ…彼らは影に生きる者、真正面から立ち向かう事が正しいと言う訳ではない。
進むべき道は前だけではなく、後ろにも広がっている。
それは決して真っ直ぐな道ではないけれど、どこまでも広がるその道を選んで絶えず歩き続けて、己が生きるべき場所を見付けたら飛び込めば良い。

「忍者の学校に入学したからと言って、早速戦闘技術を身に付けたがる一年生がどの年にも必ず1人はいるんですよ。だけど、筋肉が未発達の一年生にそう簡単に戦闘を仕込んだりしたら、死に急がせる手助けをするようなもんです。そのために、うちのカリキュラムでは最初は逃げ・隠れの術を、学園長に言わせてみれば生き残るための術を習うんです」
「…生き残るために、逃げる」

“前”に進むのも良いけれど、後ろを向いて進んでもその人の視線が真っ直ぐ向いてそれも“前”になる。
大切なのは選んだ道の上で立ち止まらない事と、目を閉じない事…得るべき大切なモノをしかと見て、心にとどめておくために決して目を閉じてはいけないのだ。
目を閉じてしまったら、進む方向が解らなくなって真っ暗な道に佇んで立ち止まってしまうから、迷子になってしまうから。

「…山田先生。ありがとうございます」
「ディル、ちゃん?」
「こちらこそありがとう。こんなにも美しくて美味しいお菓子を作ってくれて」
「その内、もっと美味しいスイーツをご馳走できますよ。福富屋さんから預かったカカオ豆を、チョコレートにする作業に取り掛かるか」

頭に巻いているバンダナを取り払い、学園長へ持って行くデ・セールを手に食堂を後にするパティシエール。
彼女の表情が、どこか泣きそうなものに変わっていたのは…微かに零れそうになる涙を堪えていたのを、アスターは見逃さなかった。
山田に告げた「ありがとうございます」と言う感謝の言葉は、彼女の胸にも突き刺さったのか?
かつて、目の前の障害から逃げてしまったのかもしれないと悩んだ事もあった、逃げた事を正当化しただけかもしれないと…だけど、今なら言える。

「…目を閉じない。私が選んだ道を証明するために、進み続けるよ」

大変だけど、甘くて楽しいスイーツの道。







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