Liberator設定・番外編

□閑話C
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???(裏の裏)



良い子には見せられない閑話



 戦争――戦と言うものは大体、何日も何か月もの時間を要する長期戦となる。一騎当千の将が真正面から敵陣に突撃し、刀に槍にと振るって暴れ回って敵大将の首を獲ったらハイ終わり!なんて言うのは、空想の中の世界だ。戦を長引かせて相手を追い込み、出方を伺うのも戦略の一つになる。
 だが、戦が長期化すると言うのは膠着状態になりやすく、敵方も味方も疲弊するのに変わりない。物資も食糧も底を尽き、かき集めて来た兵たちの士気も下がってしまうし戦闘がなければ緊張の糸を張り続けるのも困難になってしまう。
 だから合戦場の周りには物売りの屋台や遊女屋がやって来る、彼らはそこが良いビジネスの場であると解っているからだ。兵糧が尽きかければおにぎりや味噌・塩の食糧を売れば金になる、そして遊女は兵士の士気を上げるのも持て余した昂ぶりを鎮めるのもどちらでも引っ張りだこだ。大将級のようにお気に入りの女中や側室を戦場にまで連れて来る事のできない者たちは、遊女たちの元へ遊びに行くし彼女たちを陣中に呼んで思いっ切りは羽目を外していた。
 いつ死ぬか解らないこの戦場で、遊べる時に遊んでおかなければ悔いが残ってしまう……そう、この時代は、何気なく道を歩いていても一歩間違えれば一瞬で死んでしまうような時代だった。

「……ほう、女が急に泡を吹いてあっと言う間に死んでしまった、と」
「そうだ、煙草を吹かしたら急にな……思えば、最初から変な遊女だったよ」
「これに懲りたら、女遊びもほどほどになさった方が身のためでしょうね」

 その遊女の死は、情事に入る前に急死してしまったのはあまりにも妙な“死”であった。
 現場は、タドガレドキ陣中。泡を吹いて転がっている死体は、この場にいるタドガレドキ家臣が呼んだ遊女だ。そして現場検証……ではなく、遊女の死体を秘密裏に始末しろと言う事で呼ばれたためにお掃除に来たタソガレドキ忍者たちは、紫色の顔をした死体の顔を覗き込んだ。
 歳の頃はまだ若い、20歳そこそこだろう。幼い頃に口減らしのために親に売られたか、家が戦火で消失して遊び女に身をやつした経歴の女なのだろう。恐らく、10代の頃から頻繁に客を取って日銭を稼いでいたのだ。肌蹴た小袖から覗く肉付きの良い太腿と腰周りに豊満な色気を感じるが、それは生者であった頃の話。屍に欲情する趣味の者は、この場には誰もいない。
 人間は死んだら物になる。山で死んだら獣たちの餌になり、合戦場で死んだら身ぐるみを剥がされ髪の毛も抜かれた上に死肉を貪る烏たちの餌になる。この女の死体も、普通の腹上死ならば獣たちにでも始末させようとでも思っただろう。だが、雑渡が女の持ち物である煙管を改めると、興味深い物が発見されたのだ。

「確か、この煙草を吹かしたら泡を吹いたとか」
「あ、ああ。吸えば気持ち良くなると言っていたが」
「女を改めろ」
「はっ」

 雑渡の指示に従い、高坂と山本が女の死体から着物を剥ぎ取って身体の隅々まで調べると、場末の遊女が持つには不釣り合いな印籠が発見された。
 家紋の類はない、少々古ぼけているが作りはしっかりした物だ。大方、客からすり取った物なのかもしれない、雑渡が興味を持った細身の煙管と同じで。吸えば気持ち良くなる煙草、か……印籠の中身は煙草の葉かと思いきや、中から出て来たのは葉でもなければ薬でもなかった。

「何でしょうか、これは?」
「どうやら、こいつを煙管に詰めて吸っていたようだ。吸えば気持ち良くなる、ねぇ……試してみるか」
「組頭!」
「冗談だよ」

 女が常用していたと思われる煙草の中身は、粘土のような黒い塊だった。松脂に似ているが、そんな物を燻って吸っても気持ち良くなるはずはないだろう。
 何かの薬の類か。それも、とびきり危険な……。

「こいつの出所を調べろ」
「組頭、それは……」
「もしかしたら、とんでもないお宝かもしれない」

 その宝は、世界を光に導く希望なのか。それとも、全てを絶望の底へと沈める災害なのか。
 雑渡の大きな手の中で弄ばれてくるくると回転する煙管が、世界に侵略して来た黒い塊の導にも見えた。







***







 長旅の疲れを癒すために、宿屋の女を金で買う。よくある事だ、歩きすぎて痛む足を女の小さな手で揉んでもらえば気持ちが良いし柔らかい身体を抱いても気持ちが良い。道端の屋台で見かけた餅が美味そうだったから手に取った、そんな風に何気ない買い物だった。
 女は若い方が良い、若ければ子供を産む期間が長いしたくさん産んでくれる。若くて子供を産んだ経験がある女だったらもっと良い、一度妊娠した女は次も身籠りやすくなると言うのは先人たちの知恵だ。

「ほらほら、顔を上げておくれ」
「でも、恥ずかしい……」
「初心で可愛いな。オジサンが色々と教えてやろう」

 それなりの宿屋で、自分の娘と同じぐらいの年頃の女――少女を買った。客を取るのは初めてと言われたので割引してもらえたが、初めてという一種の希少性が男の情欲を加速させる。手馴れた遊女にはない新鮮さだ、色々と教え込んで自分好みにも育てたくもなる。
 顔を伏せて恥じらう少女の小さな顎を掴んで顔を上げさせると、桃色の唇に吸い付けば一所懸命吸い返して来た。たまらなく可愛い、このまま身請けしてしまおうか。

「……お、お客様は、どうしてこちらへ?」
「ちょっとした仕事だ。人に会って来て、その帰りでな……」
「どんなお仕事をしてらっしゃるの?」

 コテンと首を傾げる無垢な仕草に、男の心は撃ち抜かれた。少女の白い肌を撫で回しながら唇を吸い、少女の吐息と共に唇を放したら幼子に寝物語を聞かせるかのように仕事の話を聞かせてやる。
 彼女には空想上の物語に聞こえるだろう、裏切り者の忍者を始末するために殺し屋を雇いに長旅をして来たなんて……寝物語はもうおしまい、此処からは別の意味で寝ようかと少女の着物を剥ぎ取り、薄い布団の上に押し倒す。
 小鳥が啄むかのような口吸いは濃度を増し、少女の小さな舌を絡め取ってやればぎこちなく真似をして舌を吸って来る。少女の可愛らしさに胸を高鳴らせ続ける男が、彼女をもっと乱れさせてやろうと本腰を入れて快楽を引き摺り出そうとする……事は、残念ながらできなかった。
 少女が吸い付く舌に激痛が走ったと同時に、息ができなくなって一瞬にして意識が消えてしまったのだ。

「が……っ」
「……下手でやんなっちゃう。口も臭いし」

 先ほどの無垢で純粋な様子はどこへ行ったのやら、噛み千切った男の舌を吐き捨てて髪を掻き上げた少女――かつては蜂鳥と呼ばれ、真名を隠し続けたスズは男の頸髄に刺した棒手裏剣を抜いた。

「風魔キラーと呼ばれる海松万寿烏、土寿烏か……最近は仕事の成功率が下がっているって言うし、放っておいても大丈夫でしょう」

 そう言って、お民と言う名だった宿屋の下働きが消えた。彼女を買った、相模付近の城主に仕える家臣の死体を残して。





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