Liberator本編

□01 狐 の 医学生
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Liberator〜狐 の 医学生



戦乱を招くは時代か、人か…?
村を焼かれ、家族も身内も愛しい者も失う人々が荒涼とした世界に放り出されて立ち往生しようとも、戦乱と言う動力を得た運命の輪は止まる気配を見せない。
刀を手にした足軽が胸を突かれて倒れても、馬に乗った武将が槍で大将首を獲ろうとも、合戦場に帯びる熱はしばらく冷める事はないだろう。
身の回りの物を積めた大八車や幼子の手を引きながら、戦に関係のない農民たちはその戦火を逃れようと村を捨て、敵国の領土へ落ち延びようとしていた。

「また黄昏の殿様が戦を…全く、いつまで続くんだ!」
「あんた、逃げるにしたってオーマガドキの殿様だって良い噂はないよ。少し遠いけど、チャミダレアミタケ領に逃げた方が…」
「あの大岩がなければ、チャミダレアミタケ領まで近道になるんだけどな〜」
「あの…ちょっとよろしいですか?」

タソガレドキ領内にあるとある村の付近が合戦場となってしまい、数十人の村人は村を捨てて安全な場所へ避難していた。
逃げるにしたって、近隣のオーマガトキ城の城主は人望がなく器も小さいと言う噂なのでタソガレドキとそんなに変わらないだろう、かと言って遠くまで避難するには自然が障害となっている。
一体どうしたものか、森の中で立ち往生して頭を悩ませた人々へ、何だかとても場違いな声が聞こえた気がした。
振り返ってみると、そこにいたのは見慣れない服装だけれどもどこか気品のある少女と背の高い男性…こんな森の中にいるのは、あまりにも場違いな2人組だ。

「あの、ココはどこでしょうか?」
「此処…此処は、タソガレドキ城の領内だ」
「お嬢ちゃん、一体どこから来たの?こんな森の中で、しかも…見慣れない服装だけど」
「遠くから来たんです。タソガレドキ…森を抜けるまで、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「……」

流石に年頃の少女を置いてはいけない、村人たちが続く列の最後尾を付いて行くように少女と男性は歩き出す。
夫婦か?それともどこかのお嬢様とその従者か?
少女の身形はあまりにも奇妙、巷で噂の南蛮衣装にも似ているがこれもその一種なのだろうか?
しかし、黒髪に結われている菜の花色の組紐が上質な物である事だけは、特に裕福でもない村の人々にも解った…紅珊瑚の根付けが付いているこんな上質なもの、相当のお嬢様や姫君でなければ手に入らないだろう。
共に歩いている間に色々と質問をしてくる彼女を見て、南蛮趣味な良いところのお嬢様が従者と共に旅の途中、と決定付けたのだ。

「そうですか、タソガレドキの城主はそんなに頻繁に戦を」
「そうよ、どんどん領地を広げているわ」
「黄昏甚兵衛の戦好きは有名だ。今回だって、立地が良いからって、俺たちの村を半ば無理矢理合戦場にしたんだ!」
「……」

森を抜けて岩場に出る、本当はこの大きな岩が動けばチャミダレアミタケ領までの近道となって相当早く辿り着けるのだが、数年前に土砂崩れを起こしてから動く気配がない。
仕方がないから、大きく迂回しよう…上手くいけば、10日以内に着けるだろう。
幼子の乗る大八車の方向転換をしようとした時、少女が大岩の前に立ち赤と白の球を取り出したのだ。

「この岩がどけば、避難できるんですよね」
「でも、こんな大な岩は動かせない」
「ゴチミル」
「チル!」
「『サイコキネシス』!」

黒と白の小さな人?人なのか…もしかしたら人ではない妖怪の類か、あんな小さな球から人が出てくるなんてないだろう。
妖怪であったら、人間が何十人集まっても動かない大岩を、手を掲げただけで動かすなんて…簡単なのだから。

「ひ、ひやあぁぁぁぁぁ!」
「あ、あんた幻術使いか何かか?」
「…いいえ。通りすがりの医学生です。このままチャミダレアミタケ領へ」
「チミ」

そう言って、常盤色の瞳を細めて微笑んだ少女に呆気にとられながらも、長年頭を悩ませていた大岩が崖下にゆっくりと置かれた現状は喜ばしいものであった。
もしかしたら、今見ているのは幻影なのかもしれない…戦の戦火によって発せられた熱によって見せられた、夢物語のような幻…。

「道中、お気を付けて」

此処で、幻影の少女とは別れを告げた。

「この世界は、“戦国”…でも、前の世界とは少し違うかも」
「……」
「先ずは、情報を手に入れないとね」
「ゴチ」
「……」

人間の青年の姿から本来の獣の姿へ、黒い狐が木々を走り向かうは合戦場…道中で目にしたタソガレドキの足軽の姿に化けて、そのまま集団に紛れ込んだ。
ゾロアークに情報の収集を任せて、フィットニアとゴチミルも合戦場へ向かう。
きっと多くの人々が傷付き、倒れているはずだ。

「まだ本当のドクターじゃないけれど、ね」
「チーミ」

傷付いた人たちを癒したいから、もう目の前で傷付く人を見たくはないから…彼女は、フィットニアはドクターの道を志したのだ。
さて、ゾロアークが足軽の姿に化けてその他大勢の中に紛れ込んだのは、足軽のような区別の付かない大衆の中に紛れていれば正体がバレる危険が少ないからである。
これを、忍者の術では『賤卒の術』と言うのだが、今回の戦にもこの術が使われていた。

「戦況は?」
「我が軍の有利は変わらず。向こうは、こちらが情報を得ていた事にも気付いていないようです」
「『賤卒の術』なんて忍者の基本なんだが、そんなに力を入れていないところはオーマガドキとそう変わらないねえ。忍軍の出番はなさそうだ」
「はい…で、組頭」
「何だ、尊奈門」
「脚を揃えて座るのは止めて下さい」
「何で?」
「士気が下がります」

人々が棄てた村はタソガレドキの陣が張られ、その森には忍軍が潜んでいた。
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