Liberator本編

□03 職人 の 矜持
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Liberator〜職人 の 矜持



山の麓に位置する村の老人が、山菜採りに出かけてから半日以上帰って来ない…老人は、足場の悪い岩場で転んでしまい、足を痛めてしまった。
このままでは下山する事もできないし、なにより一夜を明かすにはこの山は危険すぎる、冬眠明けの熊になんぞ遭遇してしまったら一貫の終わりだ。
死をも覚悟した老人の前に現れたのは天の助け、彼は採った山菜と共に無事に村に帰って来たのである。

「お嬢ちゃん、どうもありがとう」
「いいえ。村に帰ったら、痛めた足首をよく冷やして下さいね」
「お兄ちゃんもありがとうな」
「……」
「すいません、彼は喉を傷めていて喋らないんです」

本当は、“人間”の言葉を話せないから黙っている…背の高い黒髪の青年は、背負っている老人を落とさないように、足場の悪い道を歩いていた。
怪我をして立つ事さえもできなかった老人の前に現れたのは奇妙な身形の少女と、彼女の後ろに佇む青年。
彼女は手持ちの布で老人の足首を固定して山菜の籠を持ってくれたし、青年は老人を背負って村まで送ってくれた。
地獄に仏とはこの事、黒髪が美しい彼女が菩薩様のように見えたものだ。

「お爺さん、この近辺に大きな学問所のようなところはありませんか?学園と名前の付いた」
「学問所…さあ、うちの村の外れに小さな寺子屋はあるんじゃが。学園と言うほどじゃないのう」
「そうですか…」

老人の籠を抱えたフィットニアは、雑渡から聞いた『忍術学園』を探し続けていたが…ちょっと、難航している。







***







「ご主人は確かに自殺かもしれません。しかし…死に追いやった犯人は、この中にいる!」

一体どこの少年探偵だと言わんばかりに、乱太郎が指を真っ直ぐ突き刺した。
葬式に参列していた人々とざわざわと騒ぎ立て、亡くなったご主人の夫人は驚いた表情をして…彼女の隣にいた澤野三十二には、滝のような汗が流れている。

「主人は死に追いやられたって…一体、何が」
「健康オタクであったご主人の突然の発狂、そして自殺…とても怪奇な事件だが、真実はいつも一つ!」
「乱太郎、キャラ違くないか?」
「こう言う台詞、言ってみたかったんだよね〜」
「まあ、急な事で驚かれるとは思いますが…ご主人の事はご愁傷様でした。お疲れでしょう、どうですか…甘い物でも」

ふわりと漂う甘く香ばしい匂い、何とも言えない豊潤で独特な芳香に人々は思わず喉を鳴らす。
ディルと伊助が持って来たお盆の上にあったのは、小さく切られた黄色いものと厨房の隠し戸棚から見付けた肉豆蔲が乗っている。
この香りの元はこれのようだ…その姿を確認した瞬間、澤野に流れる汗は更に量を増した。

「これは、羊羹?」
「カボチャプリンです。そしてこちらは、肉豆蔲と言いまして、これから採れるナツメグと言うスパイスは海の向こうでは薬として親しまれています。身体を温めて整腸作用を促し、頭痛も取り払ってくれる万能スパイス…それを、“たっぷり”使ったカボチャプリンを、どうぞご堪能下さい」

ディルが差し出したカボチャプリンと“たっぷり”と言う一言によって、澤野は明らかに動揺した。
隣の夫人は、見た事のない菓子の登場に興味を持って匙を手に取った…夫が泣くなった悲しみと共に、飲み込んでしまおう、せめて彼の分まで長生きできるように。
黄色く柔らかい菓子を口に運ぶその瞬間、澤野が大きく叫んだのだ。

「や、やめろお!!」
「っ!?」
「さ、澤野…どうしたの」
「あ、ああ…」
「…ナツメグは確かに薬、規定量3gまでは。ナツメグを大量に摂取すると、痙攣や動悸、肝機能障害、脱水症状、強烈な精神錯乱を引き起こし最悪の場合には死に至る。澤野三十二、お前はそれを知っていたんだろう」

確かにナツメグは薬であるが、使いすぎると毒になる…「身体に良い物だから、たくさん取りましょう」との一言で、主人はどれだけの量を自分で振りかけたのだろうか。
薬と信じて食べ続けて来た物がまさかの毒とは知らず、食べ続けた主人は次第に精神錯乱となり、どれだけ水を飲んでも癒えぬ喉の渇きに苦しめられた。
最期はその苦しみから逃れようと自ら生命を絶つ…身体がボロボロになった理由さえも解らずに、“知らない”と言う恐怖に怯えながら。

「う、嘘だ!これは、薬なんだ!」
「だったら、“たっぷり”のナツメグが入ったこれを食べれるよな」
「あ……う、うううう…………まさか、死ぬとは思っていなかったんだ」

“たっぷり”の毒が入った菓子なんて食べられる訳がない、それを知っていたからこそ、澤野は自分の罪を認めたのだ。
これを手に入れた時、大量に食べさせれば気狂いになる毒、とだけを聞いた。
気が狂った主人を支える忠信深い料理人を演じて、影から主人を操ってこの屋敷の財産を乗っ取ろうと思い、夫人にも気に入られようとした。
しかし、毒が回った主人が自殺するとは思っていなかったのだ…まさか、死ぬなんて。

「死ぬとは、思っていなかった…」
「澤野、貴方…」
「…罪を認めるんだな。だったら、しかるべき場所でしかるべき贖罪をするんだ。しんべヱ、食べて良いよ」
「わーい!」
「っ!!?」
「しんべヱ!」

まさか、“たっぷり”の毒が入った菓子を子供に与えるとは思っていなかった…襖の隙間から、他のバイトの女性たちと一緒に覗き見ていた半助も、思わず叫んでしまう。
焦る人々を余所に、皿に乗ったカボチャプリンは大きな一口で消えてしまったのだ。

「美味しい〜まろやかで甘くて、まったりとしてる〜」
「お、お前!」
「ディルさんは、このお菓子に少ししかナツメグを入れていません」
「“たっぷり”は嘘です。澤野に自供させるためのはったりだったんだ」
「そ、そんな…」

彼女が生地に入れたナツメグは2gもなかっただろう、ほんの風味付けのための隠し味であったのだ。

「私はパティシエール…菓子職人だ。作るスイーツは全てに誇りを持っている。そんな私が、自分の作る一品に毒なんて盛れると思うか?食べられないスイーツを作るなんて、私のプライドが許さない!」

正確に言えば、毒を盛る事なんて…食べられないスイーツを作るなんて両腕を失ってもできないだろう…。
ディルと言うパティシエールは本物の職人、本物の矜持を持っているから。
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