Liberator本編

□05 トレーナー の 性
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Liberator〜トレーナー の 性



この世界に辿り着いてから、日が暮れると雨風を凌げる空き家や洞窟を探して野宿をしながら、中々逞しく生きて来た。
その日も、空が茜色に染まり烏も巣へ帰るような夕方に本日の宿を探そうと持っていたら、長く続く石造りの階段の前で和尚さんと出会ったのだ。
階段を登って行けば和尚さんが住職を勤めるお寺があると言う事で、本日は一晩泊めてもらえて、細やかながら早めの夕飯も頂けた。
そのお寺の名前は、『金楽寺』と書かれている。

「しかし、年若い男女が旅とは…どこへ向かう途中かな」
「ある施設を探しているんです。この近辺に、“学園”と名前の付く教育施設はありませんか?」
「…その“学園”を探して、お嬢さんはどうするんじゃ?」

野草の入った粥を頂きながら、お寺の本堂で和尚と他愛もない話をしていたフィットニアだったが、“学園”の一言で彼の表情が微妙に動いたのを見逃さなかった。
観察眼は劣っているつもりはない、それに昔から人間の表情には敏感だった…特に、敵意を向ける表情に。
人間に化けているゾロアークも和尚の反応に気付いたらしい、間違いない、彼は『忍術学園』について何か知っている。

「ある人から教えて頂いたんです。その“学園”なら、力になってくれると」
「…ワシの知っている“学園”は、学びたいと言う意志があるならば来る者を拒まん。誰でも構わないのだ、生きる覚悟と授業料があれば、な」

学ぶ意志があるならば、この殺伐とした混乱の世界で生き抜く覚悟があるならば…入学金と授業料、未来への希望を持って来てその門をくぐるが良い。
学園は足を踏み入れる子供たちを拒絶しない、だたし、卒業生として胸を張って去る事ができるかはきみ次第だ。
金楽寺の鐘が鳴る、もう日が暮れる…。







***







今日は季節の割に気温が高く湿度も多い、こんな日はサッパリとした笊うどんなどを食べて涼を取りたいものだ。
暑くなると感じて、今日のおやつの仕込みをしておいたのは正解だ、こんな日には季節を先取りした冷たいスイーツが良い。

「本日のおやつ、『梅ソルベ』です。梅酒を冷やしてサッパリとした氷菓子に仕上げました。刺さっているのは口直しのウエハース…焼き菓子です」
「氷菓子…この暑さの中で、冷やしたのか?」
「はい、ジェラートが作ってくれる氷は、これぐらいの暑さでは溶けません。どうぞお召し上がり下さい、早くしないと溶けてしまいますよ」

匙を手に取ると冷たい球体がさっくりと割れて、中からは細かく刻んだ梅の実が見える。
掬って口に入れると、甘酸っぱい風味と冷たい清涼感が口いっぱいに広がった。

「美味い!」
「ヘム!」
「梅酒なのに酒の風味はあまりせんのう」
「一度沸騰させてアルコール…えーと、酒の成分を飛ばしているんです。ヘムヘムにも食べられるように、砂糖を少なめにして梅本来の甘みと酸味で仕上げました」
「ヘムー」
「ディル、お替わりじゃ」
「はい」

彼女――ディルが学園長専属のパティシエールとなって幾数日、学園長の突然の要望にも快く答えて、毎日のように見事なスイーツをお出ししていた。
本日は、初夏の暑さを振り切る冷たい『梅ソルベ』。
先日は摘んできた苔桃をシロップ漬けにして『苔桃のコンポート』、その前は食堂のおばちゃんの契約農家からたくさん頂いたニンジンをすり潰した『ニンジンのパウンドケーキ』だった。
ポケモン世界のように豊富な材料がある訳ではないので作れる物は限られてしまうが、味覚と視覚を飽きさせずに彼女はその職務を全うしている。
ウエハースの欠片も残さず綺麗に食べ終わった器をお盆に乗せて、お替わりを取りに行くため退出したディルを見送った学園長は、ヘムヘムの淹れた熱いお茶を一口啜る。
甘い物を食べた後は濃いお茶が良い、口の中が洗い流されるのだ。

「…仙蔵、文次郎と“ポケモン”を持つ者は来たか?」
「いいえ、まだ学園には到着していません」

学園長の庵の屋根裏から音もなく現れた仙蔵、伝令のために彼だけ一足先に学園へ戻って来ていた。
ディルと同じく、“ポケモン”なる奇妙な魔の獣を持つこれまた奇妙な身形をした若い男…アスターと名乗った自称・美容師兼ポケモントレーナーをドクタケの城で発見した事を学園長に報告して、彼を連れて来る手筈の文次郎を待っていたのだが…。

「何をやっているんだ文次郎の奴は…遅い!」

ドクタケ城から退却したのは昨日、常人の脚でも道に迷わなければ半日で忍術学園に到着するはずの距離なのにもう丸1日以上経ってしまったではないか。
文次郎も一緒だから追撃された可能性は低いが、一体どこで道草食っているのだ?
で、件の六年い組・潮江文次郎はと言うと…お湯を沸かしていた。

「何でお湯を沸かさなならんのだ…」
「熱すぎたらアカン、沸騰する直前まで熱くしろ。さて…御髪のご要望はありますか、ミセス?」
「そうね…長旅になりそうなので、邪魔にならない髪にして」
「承りました」

昨日、アスターには大事な予約が入っていた…長女が遠方へ嫁ぐと言う、魚屋の夫人だ。
ドクタケに攫われて牢にぶち込まれて、色々ハプニングがあって脱出はできたけれど、当然結婚式には間に合わず。
仙蔵が先に忍術学園へ向かった後、アスターは文次郎の静止も聞かずに魚屋へ向かい礼装の夫人へ深々と頭を下げたのだ。
言い訳をしなかった彼の代わりに、文次郎が多少の誤魔化しを入れて事情を説明したら許してくれたが、それではプロのプライドが収まらない。
なので、お詫びに夫の故郷へ旅立つ花嫁のためにヘアセットをしているのだ、ちなみにタダ。
お湯が沸いたら霧吹きに入れて下した黒髪に吹きかける、毛先を整えてから三つ編みをベースにすっきりとまとめよう。

「あんまり長く時間をかけないで下さいよ」
「解っとる。これが終わったら、『忍術学園』とやらに付いて行くよ。そんなにピリピリしていると、女の子にモテないぞ」

トークをしながら軽快にリズムを刻むハサミの動きは、素人目に見ても見事なものであった。
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