Liberator本編

□11 初恋 の 亡霊
1ページ/9ページ

Liberator〜初恋 の 亡霊



チョコレートの原料としてお馴染みのカカオ豆、遥か昔、これらを加工したチョコレートは薬であり飲み物であった。
疲労回復や精神高揚などの作用は病気の回復に使われたのであるが、海の向こうの国から波を越えてやって来るためあまりにも高価であり、貴族や王族しか口に出来なかった神の供物とも言われていたのだ。
それがまさかこの極東の国にもたらされるとは誰も思っていなかっただろう、もしかしたら、南蛮の王族へ献上されるはずだった荷物と入れ替わってしまったのかもしれない。
今、忍術学園の食堂には、皿に盛られた二種類のチョコレートが並んでいた。

「左が、福富屋さんから預かったカカオ豆から作った物。右が、フィティの持っていた市販のキスチョコ。食べてみてくれ」
「では、頂きます」
「「頂きます」」
「どう?」
「…左の方が、舌触りがザラっとしていますね」
「でも、俺はこっちの方が好きだな。市販のものよりビターで香りも良い」
「本当だ。十分美味しいですよ、ディルさん」

先日、貿易の失敗で福富屋に流れ込んで来たカカオ豆をディルが引き取り、色々と試行錯誤して遂にチョコレートを完成させたのだ。
でも此処まで来るのに苦労した、カカオ豆を選別→ロースト→分離→磨砕→etc…などの工程を経てココアバターと分離させ、バイトと称した忍たまの子たちに手伝ってもらいながら3日かけて皿の上の数個を作り上げたのである。
その昔、ポケモン世界で有名な某お菓子メーカーのチョコレート工場見学をしていた良かったと、パティシエールは語っていた。
しかし、やはり機械で大量生産されたものに比べれば滑らかさや甘さが足りない…フィットニアが持っていたキスチョコと比べると、その差は歴然だ。

「う〜ん…やっぱり、手作りするのには限度があるか。分離の段階で半日以上かかったからな」
「手伝った身から言わせてもらいますと、ぶっちゃけもうやりたくない作業でした」
「最後まで手伝てくれてありがとうオレガノ。ガトーショコラを大きめに切ってあげる」
「ありがとうございます」
「そう言えば、何でフィティちゃんはこないにたくさんチョコを持っていたんだ?」
「そ、それは…」

一袋に50個は入っている量産型のキスチョコを始め、大袋のクッキーなど、フィットニアの荷物には1人で消化するにはかなり多いお菓子があった。
忍術学園を探す道中では、このお菓子が食糧となり助かったのであるが、大学のオリエンテーリングに持って行くおやつにしてはあまりにも量が多いのだ。

「…同級生のみんなに色々と配って、それをきっかけにして、友達になろうかな〜って…考えていたので」
「…可愛いな、フィティちゃん」
「〜〜!」

キャンパスライフにおける友達作りに出遅れたため、若干焦っていたのです…前日、張り切って用意をしていたと、ポケモンたちが語っていた。

「すいません、フィティさんはいらっしゃいますか?」
「乱太郎君…あ、もうこんな時間だった」
「何か用事でも?」
「はい、私と二年い組の川西左近先輩と一緒に、保健委員会の仕事で薬師の方からお薬を分けてもらいに行くんです」
「それに同行させてもらう事になったんです。ちょっと行ってきますね」
「あ、待って」

本日のおやつは、大変苦労して作ったチョコレートを使用したガトーショコラである。
ディルはホールで焼いたそれらをワンピースごとに切り分けてナプキンに包み、それを三つ乱太郎に手渡した。

「道中に食べてくれ。ガトーショコラだ」
「しんべヱのパパさんから預かったと言う、南蛮の材料から作ったお菓子ですね。ありがとうございます!」
「ディルさんありがとうございます。それじゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」

ほろ苦いけれど甘い、そんな不思議なお菓子をお供にフィットニアと保健委員の2人はおつかいへと出て行った。
幸いにも薬師の元へ向かう途中も、熟練の技を見学している最中もそれと言って目立つハプニングも何も起こらなかったのは奇跡と言って良いだろう。
代々不運な生徒たちが集まってしまい、委員長である善法寺伊作は6年連続保健委員と言う不運大王の名を冠されてしまうと言う、別名:不運委員会たちのおつかいとしては。

「奇跡ですよ、保健委員のおつかいで不運が何もないのは!」
「そんなに、保健委員会って不運なの?」
「そうですよ!歩いていれば綾部先輩の落とし穴に落ちるわ、喜三太のナメ壷は降って来るわ、トイレットペーパーは散乱するわ…でも、今日はディルさんからお菓子も頂いて、幸運な気がする」
「気がするだけだぞ、乱太郎。気を抜いたら、直ぐに不運が…!」

分けて頂いた薬を大切に抱えながら学園への帰路の途中、目の前にご老人が倒れていた!

「まずい!」
「道で倒れているお年寄りを助けたら、ろくでもない事件に巻き込まれるのが忍たまのお約束!」
「でも、本当に具合が悪いかもしれない。見捨てるなんてできないよ」
「そうなんですよね…」

それが、保健委員会だから。
老人はどうやら、頭を丸めた僧侶らしい…杖を片手にうつ伏せで倒れている。

「あの、お坊さん。どこかお身体の具合でも悪いんですか?」
「もしもーし?」
「は…」
「は?」×3
「腹が減った…」

その瞬間、僧侶の腹部から盛大な音が鳴り響いたのである。

「ただお腹が空いていただけみたい」
「乱太郎、何か食べる物でも持っているか?」
「あるんですけど…ディルさんから頂いたお菓子が」
「う…」

後で3人仲良く食べようと楽しみにしていたガトーショコラ、チョコレートを精製するまでの彼女の苦労を知っているからこそ、じっくり味わいたいと思っていたのだが。
だけど背に腹は代えられない、フィットニアが自分のガトーショコラを僧侶に差し出すと、よほど空腹だったのか一気に食べてしまい喉に詰まらせて水を飲み干す。
そして結局、乱太郎と左近の物まで食べてしまったのだ。

「変わった味だが、大変美味であった。お礼を申し上げる」
「いいえ、お元気になって何よりです」
「お嬢さん、少年たち、この御恩は決して忘れません。拙僧は急がなければならぬ身の上、申し訳ないがこれにて失礼致す。暗くなる前にお家に帰りなさい」

そう言って3人に深々と頭を下げると、その僧侶は杖を突き右足を引き摺りながら去って行ったのだった…。

「何だか拍子抜け」
「いつもならこの後に、妙〜な事件に巻き込まれるんですけどね」
「…嵐の前の静けさって奴かな?」

本日の保健委員会の不運:結局ガトーショコラを食べられなかった。







***
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ