POKETENI本編

□05 夜空と月と就職決定
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POKETENI〜夜空と月と就職決定



小さな郵便配達員コンビを拾ったその日の夜、ヒナヅルは夕食後に鐘撞堂へやって来ていた。
郵便ピチューたちは疲れていたのだろう、すっかり深い眠りに付いてしまい今は小さな布団ですやすやと眠っている。
突然増えてしまった小さな郵便配達員たちを快く迎えてくれた越前家には本当に感謝が尽きない、今ヒナヅルが来ている部屋着も午後のショッピングで倫子が購入してくれた物だ。

「何やってるの?お風呂開いたよ」
「ニャー」
「ありがとうリョーマ」
「隣良い?」
「良いわよ」

リョーマがヒナヅルの隣に座り、ダイアナがリョーマの膝を陣取ると2人で夜空を見上げた。
今日は暑い雲に覆われていて月すら見えない、見えるのは遠くに見える人工的なネオンの光だけだ。

「昼間の、疲れてないの?」
「仕事に比べれば随分楽よ、倫子さん楽しそうだったわね」
「荷物運びのこっちにはいい迷惑だけど」
「ふふ、ごめんね」

午後にリョーマと南次郎を荷物運びに着けて倫子はヒナヅルを連れてショッピングモールへ繰り出した。
まるで娘とショッピングを楽しむかの様にあれやこれやと数々の店を梯子し、ヒナヅルが「そんなに貰えません!」と言っても「似合う!」の一言で片付けられてしまったのだ。
男手は次々増えて行く洋服や小物の紙袋を両手で抱えながら、「勘弁してくれ」と言いたそうな表情を始終していたのは言うまでも無い。
ヒナヅルが持っていたお金は使えないし、換金できそうな物も特には無く彼女は完璧なる一文無しだったと言うのにこの対応…感謝を通り越して崇めても良いかもしれない。

「星、見えないわね…雲が分厚くて」
「天気予報じゃ、夜の曇りが続くみたいだよ。あっちの世界じゃ星、見えるの」
「うん、たくさん見える。私の故郷は北の地方でね、乾燥している分とっても綺麗なの…勿論他の地方でも星空が広がってて、世界中が空で繋がっているみたいに思えるの」

星が見えない場所だってある、けれどポケモンたちと人間たちが共存するポケモン世界の自然は豊かで空気も澄んでいるので空に星も月も美しく映える。
此処でも環境の違いで世界の違いが解るだなんて、この世界に対して随分と皮肉な事だ。

「そうだ、星を見に行かない?」
「え?」
「ムクホーク」
「ムクッ!」
「乗る?」

ムクホークをボールから出したヒナヅルは翼を広げた彼の背中を優しく撫でると、リョーマに手を伸ばした。
空を飛ぶポケモンと伸ばして来たヒナヅルの手、そして星を見に行こうと言う彼女の誘いでリョーマは全てを理解した、あの分厚い雲に隠れている星を見に行こうと。
膝の上のダイアナを着ていたパーカーの中にしっかり押し込みファスナーを上げると、リョーマはヒナヅルの手に自分の手を重ねた。
ムクホークが2人の人間を乗せて大きく翼を羽ばたかせ、その場から空に向かって巨大な鷹が一直線に飛び立ったのだ。

「しっかり掴まっててね!」
「はい!」
「ニャ!」

風の抵抗を受けながら既に空から東京全貌が見渡せる高さまで飛んで来た、それから分厚い雲の中に突っ込むと思わず目を瞑ってしまう。
頬に触れるひんやりとした感触が通り過ぎて、瞼の下からでも解る光を感じ取ると目の中に飛び込んで来たのは宇宙の図鑑や海の向こうの異国でしか見られないような煌めきの夜空だった。
黒では無い紺色のフェルトにダイヤモンドを散りばめて容赦なく広げた夜空に、大きな白銀のプラチナムーン…思わず息を飲んでしまう、この世のものとは思えない美しい景観。

「すげ…」
「ニャ…」
「やっぱり…雲の上の空は同じなんだ」

ヒナヅルの口からは感嘆の声が零れる、例え世界が違っていても空は変わらない…現に分厚い雲の上にはこんなにも見事な空が繋がっている……。

「世界は、繋がってる…」
「ムク」
「…ヒナヅルさんの世界の空は、こんな空なんだ」
「うん、変わらないよ。私の世界もリョーマの世界も…凄く綺麗ね」

白銀の月光に照らされながらリョーマと顔を合わせたヒナヅルの表情は、照らしている大きな月の優しい光の様なほんのりと輝く優しい笑顔だった。
この世界とポケモン世界の違いはポケモンがいない事だけでは無く、たくさんの違いがあると思っていた…しかし同じ物もたくさんあるのだろう、この空の様に。

「同じ物はたくさんあるわよ、リョーマやテニス部のみんなみたいにポケモンを受け入れてくれる少年だっている」
「ムク!」
「好きになるわよ、この世界も!」

さっきの儚い笑顔とは別に月や星に向かって高々と宣言したヒナヅルの表情は、随分と活き活きとしていた。
昼間に見せた仕事の最中の様な笑顔とも違う、倫子と一緒にショッピングを楽しんでいた笑顔とも違うどこかスッキリとしたその表情は何かの決心にも取れた。
彼女も彼女なりにこの世界で生きて行く事を決めたのだ、自分の世界と変わらぬ星と月とに宣言して。

「……綺麗だね」
「うん、綺麗な月」
『本当は月じゃないんだけど…』
「ニャ」
「ムク」

暗い夜を優しく照らす白銀の月は、何処かヒナヅルの笑顔に似ているかもしれない…そう思ったリョーマは、無意識に掴まっていたヒナヅルのウエストへ回す腕を少し強くしていた。
季節外れのお月見と天体観測をしばらく続けた2人は、再び風を切って越前家に戻って来た、早くしなければお風呂が冷めてしまう。

「そう言えばさ、昼間竜崎先生と何話してたの?」
「ん……明日になれば解るわよ」
「??」
「ニャア?」

悪戯っ子みたいに微笑んだヒナヅルの言っていた竜崎との話の内容は、次の日青春学園で急遽行われた全校朝会によってその理由が解る事となる。







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