POKETENI本編

□06 皇帝とうさぎ(?)と行き倒れ
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POKETENI〜皇帝とうさぎ(?)と行き倒れ



日頃の日常とは刺激が無く始まり、当たり前の様な終わりを迎える。
今日も土曜日だと言うのに朝の4時に起床し、部活の朝練へ行き夕方に帰って来たのだが、その日常の中に放り込まれた存在…現在進行形で丼の中の飯を掻っ込んでいるコイツの存在がどうも気になった。

「いやー美味い!こんな美味いメシを毎日喰えるなんて、旦那さんも息子さんも幸せだ!」
「嫌ですわ、そんな御世辞」
「御世辞じゃないですよ、死にかけていた俺も生き返りましたし。こんな綺麗なママさんに作ってもらったメシが不味い訳無いんですから!」
「まあ綺麗だなんて…私もうお祖母ちゃんなんですから」
「本当の事ですよ、こんな大きな息子2人と孫がいるなんて全然見えませんって」
「……」
「プラッ」
「マイッ」

立海大学付属中学の男子テニス部の副部長、皇帝とも呼ばれる真田弦一郎の目の前にいるこの男…メシを掻っ込みながら母に賞賛の言葉を贈る、しかも隣の母も満更では無い様子。
しかも自分の目の前でスティック状に切られたニンジンを食べている、この男の同伴者である2匹うさぎもかなり異質だ。
否、母が勝手にうさぎだと認識しただけで真田自身、この2匹をうさぎだと認識してはいない、黄色で赤と青の色合いがあるうさぎなんて見たことも聞いた事も無かったから。
何故こんな状況になっているのか…それは今から約30分前、真田が帰宅した時間帯に遡る。

「あら、おかえりなさい、弦一郎」
「……母上、何ですかそれは…?」
「プラ〜」
「マイ〜」

真田の指すそれ、とは着物に割烹着と言う古き良き日本の母親の正装に身を包んだ真田母が引き摺っているデカいバックパック、否、バックパックを背負って倒れている人間の事。
突っ伏して倒れているためバックパックが大きすぎて顔が見えず、真田に見えるのは青いジャージと履き潰してボロボロになった見た事の無いブランドのスニーカーだけだ。

「調度良かった、弦一郎、この人を家の中へ運んで」
「いや、どうして人間を引き摺っているんですか?!」
「このうさぎちゃんたちが家の前で鳴いていてね。ちょっと先で行き倒れになっていたのよ」

と、真田母はバックパックを心配そうに見つめる2匹の存在へ視線を向ける。
確かに長い耳を見ればうさぎには見えなくは無い、しかしうさぎは声帯が無いので鳴かないのだがこの2匹は鳴いている…しかもプラとかマイとか言う鳴き声だ。
真田母がうさぎだと判断した長い耳だって片方は赤、もう片方は青、しかも頬の部分もその色で染まっている…明らかに普通のうさぎではない

「母上、この行き倒れを家に上げるつもりですか?」
「だって何処か具合が悪いなら救急車とか呼ばないと…放っておくのは忍びないわ」
「………は…………」
「…は?」
「腹、減った………」

へんじがない ただのしかばねのようだ▽
そんな状態だった行き倒れは最後の力を振り絞って空腹を訴えた……こうして行き倒れは真田家に運び込まれたのである。

で、現在に至る。
現在進行形でメシを喰うこの男…バックパックで顔はよく見えなかったが、恐らく年齢は自分より3、4歳ほど上、まだ少年っぽさが抜け切れていない顔立ちをしている。
頭に巻いているタオルには『ミナモデパート』と、聞いた事の無い名前のデパートのタオル、一体何処から来たのだろうかこの男は…そしてこのうさぎはなんなのだろう。

「はぁー美味かった、ごちそうさまでした。本当に……ありがとうございました!」
「プラ!」
「マイ!」

お茶で最後の一口を飲み込んだその男は、両手を合わせて随分と明るい笑顔で爽やかなお礼を述べた、周りにあるごちゃっとした空の皿や丼が雰囲気をぶち壊しているが…。
しかも右頬に米粒が着いている。

「お粗末さまでした。けれどこの御時世に行き倒れだなんて……何かありましたの?」
「その前に、飯を食って名も名乗らないとは…名は何と言うのだ」
「そうか、まだ名乗って無かったな」

右頬に着いた米粒をひょいと口に入れて咀嚼しているその男は、今更自分がこの母子に名乗っていない事に気付き両脇にいるうさぎ(?)に目配せをした。
そして畳の床に腕を着くと、そこに力を入れて自分の身体を宙へと誘った。
まるで風を切る羽の様にふわりと飛び上がった男は、曲芸をしているのかの様に空中で体勢を立て直し、呆気にとられている真田母子をしり目に彼らの真後ろへと華麗に着地をした。

「危ない所を助けて下さり、どうもありがとうございました。俺の名前はソテツ、世界中を旅して周っている軽業師でございます。こっちは看板娘のモモとアイ」
「プラ」
「マイ」

頭にタオルを巻いている青ジャージの男の動きは確かに軽業師、彼と同じ様に軽やかに回転した2匹のうさぎも彼の肩に華麗な着地を決めた。
ソテツの言葉に合わせて返事をした赤い方がモモ、青い方がアイなのだろう、彼女たちは一体何なのだ、真田の思考はそこにあった。

「何故行き倒れていたかも気になるが…その見た事の無い生き物は何なのだ?」
「へ、プラスルとマイナンを知らない…やっぱりポケモンがいねえのか?」
「……ポケモン…?」
「メシを喰わせてもらったのも感謝しきれねえが、今一つ教えてくれねえか?此処は一体どんな世界だ?このカナガワって所は?」
「プラ!」
「マイ!」

ポケモンがいない世界、そんな世界に巻き込まれた軽業師は神奈川に流れ着いた。
此処が何処なのか?ポケモンの姿が一切見えない“カナガワ”と言う場所…彼の思考が行きついたのは此処は自分がいた世界とは全く違う異世界だと言う事。
故郷のホウエンでも、歴史の眠るジョウトでも、セキエイリーグのあるカントーでも、神話の地であるシンオウでも、はたまた海外のイッシュでもない。
ポケモンの存在しない世界は一体どのような世界なのか?異世界の迷子は少年に語りかけた。







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