Searcher設定・番外編

□はじめに
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立派な店舗の割に安く手に入ったのは、元の持ち主であった老夫婦が彼の事…もっと言えば、彼女の事を気に入ったからだった。
夫婦で細々と経営していた軽食屋、長年コガネシティの人々に愛されていたが寄る年波には勝てず閉める事となってしまう。
老夫婦は息子がいるホウエン地方に移住して孫たちと暮らすと言っていた、その孫たちに彼女を重ねて遥かに安くこの店を譲ってくれたのだ。

「お兄さん、こんなもんでいかがですか?」
「はい、それでお願いします。綺麗なガーデンになりそうですね。どうですか?少し休憩されては」
「では、お言葉に甘えて」
「ゴーリ」

元は軽食屋であったが、次にこの店舗はカフェになるらしい。
元々白い壁の洋風造りの建物であったから外観は少し補填してそのまま、オープンテラスとそこから見えるガーデンの設営を業者に頼んだ。
ガテン系の男性たちにゴーリキーを始めとした格闘ポケモンには少々不釣り合いかもしれないが、青年が持って来たお盆の上にはペパーミントティーの入ったグラスと軽食が乗っていた。

「こりゃ…スっとして良いね」
「ミント系はメンソールの清涼感が特徴なんです。疲労回復や不眠症にも効果があるんですよ」
「うちの母ちゃんが好きそうだな。お店がオープンしたら教えますよ」
「ありがとうございます。ゴーリキーたちにはこれを、カロス地方のお菓子・ポフレです。格闘タイプが好むトッピングにしたんですけれども、お口に合うかどうか」

業者の人たちと一緒に設営を手伝っていたゴーリキーたちは、青年の差し出したポフレを気に入ったらしく、小花模様の皿に乗ったポフレはあっと言う間になくなってしまった。
青年はこの店の主人、開店すればハーブティーを専門とするカフェのマスター、と言う事になる。

「お兄さん、まだ若いのに自分の店を持とうなんて感心だね。うちの息子なんて、「ポケモンマスターに、おれはなる」とか言って飛び出して音信不通だよ…」
「俺の兄も、「ポケモンマスターに(略)」って言って旅に出ましたよ。2日で帰ってきましたけど…」
「腕には自信があるんです。それに…自分で店を持てば、託児所のお世話にはならないと思いまして」

なるべく、彼女の傍にいてあげたかったのだ。
まだカーテンを取り変えただけの店内には、ドーブルがアダージョ――ゆるやかと揺らしている薄桃色のゆりかごがある。
ゆらゆらと心地よいリズムを刻んでいるが、ゆるやか過ぎて飽きてしまったらしくゆりかごの中にいる彼女は外の世界へ飛び出したのだ。

「ドブっ?」
「う〜」
「こらこら、パレットを潰しているよ」
「ぱーれ」
「おはよう。可愛いお顔が涎で台無しだ」
「しかも、子持ちと来たもんだ。本当に、うちの馬鹿息子にも見習って欲しいよ」
「女の子ですか!いくつですか、名前は?」
「ノバラと言います。1歳です」

ゆりかごから逃亡を図った彼女は、ドーブルのパレットをクッションにして見事に成功…したと思ったら、青年に抱き上げられてしまった。
赤ちゃん特有のプニプニした頬にパッチリとした桃色の瞳は、優しく抱き上げた青年とは似ていないがとても可愛らしい黒髪の女の子だ。

「可愛い子ですね。奥さん似ですか?」
「いえ…私は独身です。それに、ノバラは私の子じゃないんですよ」
「おい、馬鹿…」
「良いんです。本当の娘のように可愛い娘ですから」
「あ〜」

亡き親友の娘・ノバラを引き取り、育ててもう1年になる…そりゃ、男1人で育児を始めた当初は本当に苦労した。
しかし1人ではなかった、ポケモンたちもできる限り手伝ってくれたし頼りになるママ友も先輩方にたくさんレクチャーをしてももらったのだ。
努力の甲斐もあって、溢れんばかりの愛情を受け親友の忘れ形見はすくすくと成長している。

「この間の事件…仙女ナントカの暴動、お兄さんとノバラちゃんは大丈夫でしたか?」
「はい、お陰様で。頼りになるポケモンたちもいますしね」
「おーい、そろそろ休憩終わりだ。ごちそうさまでした。美味しかったです」
「ゴーリキ」
「お口に合って何よりです」

軽食やお菓子を食べてお茶を飲み干してホっと一息、その心安らぐ表情が青年にとっての一番の賛辞であった。
ハーブの香りや植物の緑に囲まれて、忙しい日々から少しでも癒されて欲しいからこの店をオープンしようと決めた…たくさんの人たちに来てもらいたい、そして、ノバラもたくさんの人やポケモンたちと触れ合って欲しい。

「このスペース、オルガンが置けそうだな。中古でも良いから、探してみようか」
「とーたん」
「ノバラも、オルガンが欲しいかい?」
「あい!」
「そうか。決定だね」
「ドーブ」

透明感のある内装にオープンテラス、オルガンを入れて音楽の溢れる店内に…この際、予算を少々オーバーしても良いだろう。
そして壁には絵を飾ろう、親友が遺したポケモンたちの絵を。

「お兄さん、まだ看板がないけれどお店の名前はなんて言うんだい?」
「お店の名前は…『行方不明者』です。Missing Man」

カントー地方タマムシシティに同名のバーがあり、そこのママに頼み込んでこの名前を使わせてもらったのだ。
意味は『行方不明者』、ポケモンたちと共に旅に出て音信不通になってしまう人々が集まる店にしたい。
その信念に共感したのもあったが、この名前に惹かれた一番の理由は…。

「…親友も、『行方不明者』だったんです」

世界中を旅する『行方不明者』にも家族がいる。
そんな人々やポケモンたちがこの店に集まってホっと一息吐いた時に、家族へ連絡しようと思い立ってくれれば『行方不明者』は減って行くだろう。
『行方不明者』が『行方不明者』でなくなるためのカフェにしたい、そう願いを込めて。



ジョウト地方コガネシティに、ハーブティーを専門とするカフェがオープンした。
お店の名前はCafé Missing Man
そのカフェのマスターは、まだ若いシランと言う青年だと言う。





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