Searcher本編

□07 Museum
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お腹の子の父親になりたいと彼女に告げたら、やんわりとお断りされた…その時は、病室の壁にもたれかかって凹んだ。
そんなシランの姿を見た彼女は、大きく膨らんだお腹を撫でながら少し考えて「2人目のおとーさんなら良いよ」と言ってくれた。
それは暗に、血の繋がった本当の父親には勝てないと言う事。
名も姿も知らぬ彼女が愛した男には勝てないと、理解してしまったのだ。
幸せそうに微笑む彼女とこれから産まれて来る赤ちゃん、彼女たちを守りたいと思った。
シングルマザーで産むと決めた彼女の伴侶としてではなく、親友として、弟として、2人目のおとーさんとして守りたいと…守ると誓ったのだ。
なのに、彼女は逝ってしまった。
産まれたばかりの娘を遺して、死に間際まで愛していると呟いたその子の父親の事を何も告げないで、お空のお星さまを描きに消えてしまったのだ。

「どうして…何で、この世界にミサカの絵が…?」
「シラン!いきなりどうしたんだ?」
「その絵は…『戦火の聖母』ですね」
「……ママの絵!」
「ノバラ?」

急に飛び出したシランを追って来たトリコと小松、少し遅れてリンがノバラの手を引いてやって来た。
するとノバラも反応を見せた…宝物が詰まったポシェットから取り出したのは名刺ファイル、この中には名刺ではなくポラロイドカメラの写真が収納されている。
その写真は全て、コガネシティのCafé Missing Manに飾られている絵画であり、彼女の亡き実母の作品なのだ。

「ほら、ママの絵だよ」
「確かに、よく似ている…花のサインも同じだが」
「ちょ、ちょっと待って下さい。シランさんの“親友”って、ノバラちゃんのお母さんだったんですか?親友と言っていたので、てっきり男の方だと思っていましたけど」
「親友でもあり、姉弟でもありました。私と彼女…ミサカは、同じ施設で育ったんです」

シランは幼い頃音楽家であった両親を事故で亡くし、親戚も遠方にしか存在しないと言う事からヨシノシティの孤児院『サクラ園』に引き取られた。
寂しさに打ちひしがれて俯いてばかりいた彼を引っ張って笑顔を取り戻させたのは、1歳年上の少女…後にノバラの母となるミサカであった。
それから2人は本当の姉弟のように育ち、ミサカは画家として、シランはハーブや植物を研究するためのポケモントレーナーとして、それぞれ旅に出たのである。
旅に出てから定期的に連絡を取っていたのだが…5年前のある日、数か月間ミサカと連絡が取れなくなり彼女は“行方不明者”となってしまった。
やっと連絡が取れて彼女の安否も確認したと思ったら驚いて絶叫した、ミサカは身籠っていたからである。
そして4年前、ノバラを産んだ翌日に20歳と言う若さでコノ世を去ってしまったのだ。

「何でミサカの絵がこの世界に?」
「本当にこの絵はノバラのお母さんが描いた絵なの?だって、これって『戦火の聖母』だし。レプリカだけど」
「本物は確か、世界グルメ美術遺産に認定されて『界立グルメ博物館』にあるはずだ」
「この世界で知らない人はいない、超有名な絵ですよ」

それは、500年前に1世紀以上も続いた『グルメ戦争』の愚かさと空腹の悲痛さ…そして、その極限の中でも慈愛と母性を持った美しい“施し”の精神を表現した傑作と評されている。
痩せ細り傷だらけの女性が赤ん坊を優しく抱いて乳を与え、自分の食べ物を幼い子供たちに全て食べさせている姿は全世界の母親の憧れだろう。
己の胃袋を満たすよりも、未来へ生きる子供たちに食べさせる女性の姿はいつしか『戦火の聖母』と呼ばれるようになり、この絵の通称にもなった。
実際は無題であり作者も不明、戦争の真っただ中である500年ほど前に描かれた物だと言う事は解っているのだが、全てが謎に包まれたこの絵は長年研究の対象にもなっている。
唯一の手がかりはサインと思われる三連の小花であるが、同じサインが記された作品は見付かっておらず、500年以上経った今でも何も解っていないミステリアスな作品でもあるのだ。
しかし、絵に籠められた感動と美しさは人々の心を刺激し、小学校の教科書には必ず載っているし目の前にあるレプリカも各地に大量に飾られている。
なので、グルメ世界で生まれ育った彼らには到底信じられないのだ…この絵を描いたのがノバラの母親、ポケモン世界の人間だと言う事が。

「私も信じられませんが…見間違えるはずはない、これはミサカの絵だ。本物は、博物館にあるんですよね?」
「シラン、行くのか?」
「是非、できれば今すぐにでも」
「良いんじゃないか。『思い立ったら吉日』ならば、その日以降は全て凶日だ。付き合うぜ、『グルメ博物館』」
「ノバラもいく!ママの絵、みたい!」
「ドブ…」

もし、この絵が本当にミサカが描いた物であるならば…彼女は、このグルメ世界において何らかの足跡を遺していると言う事になる。
それも、今から500年以上前に?
何もかも解らないし混乱さえもしている、だけど、本物の『戦火の聖母』をこの目で見たならば…何かが解るかもしれない、そう確信したのだ。

「美術品とかに関しては、ココの目が役に立つだろう。あいつも誘おうぜ」
「トリコも行くならウチも行くし!」
「何か手がかりが掴めれば良いですね」
「…はい」
「………」

こうして、本物が飾られている『界立グルメ博物館』へ向かう事になった。
その部屋にいたものたちの中でただ1匹だけ、ドーブルだけがレプリカの『戦火の聖母』を険しい表情で見詰めながら…やがて、絵筆のような尻尾を揺らして背を向けるとノバラの傍に寄った。
パレットと言うニックネームを持つドーブル、彼はシランのポケモンではなくミサカの相棒だった。
彼女と共に世界を旅して、行方不明になった時期にも常に隣にいた証人でもあるのだ。

「ドブ」

ただし、その間に“何”が起きたのかを、その筆は決して語ってはくれない。







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