Liberator本編

□09 彼 の トラウマ
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「女物の着物とか、授業で使うのか?」
「うん。山田先生の女装の授業で使うの」
「普通の実技の授業よりも、評価が厳しいんだよね」
「へ、へえ〜」

オレガノと用具委員の2人、しんべヱと喜三太が運んでいる箱には『一年生用女物着物』と書かれたラベルが貼られていた。
忍術学園の倉庫には、手裏剣や刀などの武器だけではなく変装用の道具を始めとした、実に様々な用具が収められている。
今回の実技実習は女装して町に繰り出し、お店を見て回ったりバイトをしながら「可愛い」と言われたら見事に合格。
その実習に使用する着物や化粧品を用具委員の2人と一緒に運ぶオレガノが一年は組の教室へ入ると…固まった、色々な意味で。

「あら、オレガノ君が手伝ってくれたのね。ありがとん」
「…や、山田先生?」
「この姿の時は、伝子さんって呼んでね」
「山田先生が女装姿の時は伝子さんになり切っているんでの、伝子さんって呼んで下さい」
「あ…ハイ。山田せ…伝子さん。女物の着物です」
「どーも。良かったら授業を見学して行かない?歓迎するわv」

庄左ヱ門が耳打ちをしてくれたのでそれに従い伝子さんと呼ぶと、実にしなやかな手の動きで艶やかな黒髪を掻き上げた…それが、随分と自然に見えるから不思議である。
変装術において最も重要な事は、その役になり切ると言う事だ。
それに関しては山田先s…伝子さんの右に出る者はおらず、プロ忍者界でも変装の達人として知られている。
特に女装は自信があるらしく、そのレベルの高い(?)女装術によって、外部の人間には何故か女性として認識されるから不思議だ。
そして生徒たちに要求するレベルも高く、普段の実技授業よりも厳しく採点を付けている。

「団蔵、女の子が大口を開けて笑わない!虎若、白粉塗り過ぎよ!喜三太、実習にナメクジを連れて行ったら駄目じゃない」
「忍者の授業って、こんなものなのか?」
「山田先生の授業な特殊なだけっスよ」
「きり丸…何だか、お前だけレベルが高くないか?」
「きり子は、時々女装してバイトしているんですぅ〜。女の子の方が、時給が良かったりしますからぁ」
「…そっか」

言葉使いちょっと大げさであるが、他の子たちに比べてきり丸の女装姿は自然だ。
売り子のバイトは女の子の方が売り上げが良いし、バイト内容によっては男子より女の子を求められたりもする。
そうやってバイトをして学費や生活費を稼いでいるのだ…オレガノの弟と妹たちとそんなに年齢の変わらない、この少年は。
ちょっとだけ、故郷で待っているであろう兄妹たちを想い出したオレガノを余所に、は組の良い子たちは伝子さんのレクチャーによって女の子に変身して行った。

「山…伝子さん、髪はどう結えば良いですか?」
「心配いらないわ乱子ちゃん。専門家をお呼びしているから」
「専門家?」

髪の専門家と聞くと、四年は組の元髪結い・斎藤タカ丸を思い浮かべる。
勿論、彼も今回の特別講師として呼んでのだが…髪の専門家は、1人ではなかった。
教室の障子の向こうから「失礼します」の声がして開かれると、そこにいたのは、障子が開かれた瞬間に信じられないものを見たような表情をしたアスターだったのである。

「タカ丸にアスター君。もう、遅いじゃないの」
「すいません。授業が長引いちゃいまして…」
「じゃ、俺は急用を思い出しましたので失礼します」
「待ちなさい」
「触らんといて!」

そそくさと退場しようとしたアスターであったが、伝子さんに呼び止められると恐がる仔猫のように威嚇しながら障子の後ろに隠れてしまった。
この美容師はご存じの通り男嫌いのフェミニストである…ちなみに、女装した男やニューハーフは論外で駄目、こんな風に遭遇したらルリリ以上に困った表情をして震える。
かつて職場の同僚たち(女性)に冗談半分で連れて行かれたコガネシティのニューハーフパブにおいて、超肉食系コガネ弁のお姉さま方と遭遇したら気を失った過去さえもあったりするのだ。

「何かおかしいと思った!女の子の髪を結ってあげてって言われて、何でくのたま教室じゃなくて忍たまの教室なのか!」
「失礼ね。こんな可愛い女の子たちと、綺麗な女性を前にして」
「まあ、伝子さんを前にして怯える気持ちは解らんでもないですけど」

いらん一言を言ってしまったきり丸の脳天に、伝子さんの拳がめり込んだ。

「きりちゃん、一言多いんだから」
「あんたねえ、女の子に甘いフェミニストを自称するなら、心が乙女な子たちもちゃんと敬いなさいな」
「いや、山田先生は乙女やないでしょう。既婚子持ち単身赴任」
「伝子さんとお呼び!」
「アスターさん、は組の子たちの髪を結ってあげましょうよ。僕もアスターさんの技術が見たいです」
「いつの間にメモ帳を…!まあ、子供なら…」
「もう!うじうじと男らしくないわね〜…そうだ。折角だから、アスター君も女の子になっちゃいましょう」
「……へ?」
「もしかしたら、男嫌いが治るかもしれないわよ」
「ちょ、ちょっと待ちや!んなショック療法が効く訳あらへん……っぎゃああぁぁぁぁぁぁ!!?」
「髪は僕が結いますね」

眩しい伝子さんの真っ赤な唇がアスターの目に焼き付いて、一年は組の教室から助けを求める絶叫が木霊した。

「………ご愁傷様です」

取りあえず、オレガノは自分に火の粉が降り注がないようにと、後ろでひっそり傍観する事にした。
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