異世界の守り人

□月夜の下、教会にて
4ページ/5ページ




 変装によってうまくごまかし、更に聖なる日だとかで宿代もタダになったため、一行は喜んで教会に泊まった。
 その夜、アリィシアは目を覚ました。急に目がさえたのだ。
「あー……前にもこんなこと、あったような」
 アリィシアは解かれた髪をくしゃりとかきまぜ、そっとベッドから降りた。
 そこで、トロデとククールの姿が見えないことに気付く。
 二人して何でまた、と思いつつ、アリィシアはブーツをはいて教会の入口まで移動した。
 神父やシスターも皆眠っているらしく、教会内はとても静かだ。
 だからだろう。外の会話がよく聞こえた。
「トロデ王と……ククール?」
 この二つの声は、あきらかにあの王と騎士の声だ。アリィシアは耳を澄ませ、会話の内容を聞いた。
 話していたのは、ククールの幼少時代のことだった。
 父親がドニの領主だったこと、両親がはやり病で亡くなったこと、身寄りがおらず、すがる思いでマイエラ修道院に行ったこと、最初に声をかけてくれたのがマルチェロだったこと、その時までお互いが兄弟だったことを知らなかったこと、のちにそのことを知ったこと――
 それを聞いていて、アリィシアはいたたまれなくなった。
 戻ろうかとも思ったが、その考えを打ち消してそっと教会の外に出た。
「! あんた……」
 まずククールが気付いた。その次にトロデが気付き、二人して驚きの目でこちらを見る。
「すまない、聞いてしまった……」
 もう一度すまない、と言ってアリィシアは頭を下げた。
 聞くつもりは無かった、とは言わなかった。聞こうと思って耳を澄ましたのだから。
「その……今の話、事実か?」
 ククールがマルチェロの弟というのは聞いていた。しかし、こんなややこしい関係だったとは思わなかった。
 何らかの確執があるのは感じていたが――
「……事実だよ。詐欺師じゃあるまいし、こんな胸くそ悪い話作るかよ」
 ククールは少しだけ視線を外した。
 それを見つめ、アリィシアは問う。
「恨んでいるか?」
「うん?」
「父親と――マルチェロさんを」
「……別に」
 ククールは緩くかぶりを振った。
「親父の方は何やってんだって言いたくなるけど、兄貴の奴に対しては、特にな……むしろ、あいつは被害者だろ」
「……そうか」
 アリィシアはふ、と息をついた。
「だからと言って、自分を憎むのはしかたがないって考え方は、私はあまり感心しないな」
「……」
「憎むことも、憎まれることも、無意味なほど無意味に無意味なエネルギーを使う。どこまでも不毛で、不要で、不良で、不愉快だ。そんなことを続けていたところで、神経を焼き切るまで擦り切るだけだぞ」
「……説教くせぇなぁ」
「説教だよ。正直不可解だ、おまえ達二人は。どうしてお互いそこまで屈折できる? 正面から向き合えば解り合えるなどという詭弁は言わない。だがおまえ達二人は、決定打となるぶつかり合いをしたようには見えないが」
「っ……」
 ククールの肩が揺れた。トロデが何もそこまで、と言っているが、アリィシアは無視して続けた。
「無関心でいられるなら、互いに無関係を装えばいい。なのにそれができず、かと言って真正面から向き合うこともできずに、これまで過ごしてきたようにしか、私には見えないんだ。言い過ぎだと思うか? だがそんなことを言われたくなくば、せめておまえの中だけでも折り合いをつけろよ」
 アリィシアはそれだけ言って、教会の中に戻っていった。
「……人間って、とことん面倒だな」
 呟いた言葉は、誰に向けた言葉なのか。
 呟いたアリィシアにも、解らなかった。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ