異世界の守り人
□月夜の下、教会にて
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翌日のククールは不機嫌だった。
寝不足と言うのもあるが、何よりアリィシアの言葉が頭から離れないのだ。
あまりに痛烈で、鋭い言葉。
遠慮も気遣いも全く無い、しかし核心を突いたそれらに、ククールは少なからず動揺していたのである。
――兄貴も。
兄貴も彼女と相対した時、こんな気持ちになったんだろうか。
あの紅い目に気圧されたのだろうか。
「……のぉ、エイト」
ぼぉっと馬車と共に歩いていたククールは、先頭を歩く青年の名前に我に返った。
エイトを呼んだのは昨夜ククールの話を聞いたトロデであり、馬車の上から少し身を乗り出している。
「何でしょう、陛下」
首を傾げるエイトに、トロデは言いにくそうに確認を取った。
「おぬし――確か両親がおらんかったのう」
「……え」
ククールは思わず足を止めた。しかし置いていかれてはまずいので、慌てて歩みを再開する。
その間に、ゼシカが驚きの声を上げた。
「えぇ!? エイト、貴方両親いないの?」
「うん。生きてるのか死んでるのか……兄弟はいるのかいないのか……何も解らないんだ」
眉尻を下げて笑うエイトは、視線を下げた。黒い瞳がかげって見えて、ククールは口を閉ざす。
「陛下に拾われてなかったら、僕、今頃どうなっていたか……」
「なかなか厳しい半生を送ってるな、おまえも」
アリィシアがため息まじりに言った。そんな彼女に、エイトは尋ねる。
「アリィシアこそ、家族とかいないの?」
「……私も、親兄弟はいない」
アリィシアはうつむいた。
「親のような存在だった人はいたが……その人も亡くなってしまわれたからな。天涯孤独の身の上と言ったところか」
意外なアリィシアの過去に、全員驚く。特にショックを受けたのはエイトのようで、慌てて頭を下げた。
「あ……ご、ごめん! 無神経なこと言って」
「気にするな。もう二年も前になるからな。別に傷付いたりしないよ」
アリィシアは顔を上げて苦笑した。その表情には、悲壮さは感じられない。
「ふぅむ……アリィシアも家族はおらず、ゼシカは兄を殺され、ククールも唯一の家族とあの調子じゃ。わしと姫の家族ぶりを見せるのは、何だかしのびないのぉ」
「……俺はあんたとその白馬が親子ってのがまだ信じられないだけどな」
ようやく皮肉を絞り出したククールは、内心まだ動揺していた。
仲間の意外な過去を知り、孤独であったのは自分だけではないと知ったからである。
ゼシカはすでに聞いていたが、エイトとアリィシアはそんなこと一言も言っていなかったのに。
「……」
と。
「……何だよ。俺の顔に何か付いてるか?」
エイトが立ち止まってじっとこちらを見ているのに気が付いた。
先頭を歩く彼が止まったため、全員の歩みが止まる。不審に思う仲間達を気にせず、エイトはククールを見つめ続けた。
「? おい――」
「何かあった?」
ククールが何かを言う前に、エイトが口を開いた。
その言葉にククールは目を瞬くが、すぐさま別に、と返す。
「本当に?」
だがエイトは信じなかったようで、いぶかしげな顔をしていた。
「別に、何も無いって君が言うなら訊かないけど……僕らにできることなら、必ず言ってよ。僕らは仲間なんだからさ」
当たり前のようにそう言って、歩みを再開するエイト。一行はまた進み始めた。
「兄貴はお優しいでげすなぁ」
ヤンガスがしみじみと呟く。それを聞きながら、ククールはエイトの背を見つめた。
簡単に仲間だからとのたまう彼。あんな人間、騎士団にはいなかった。
優し過ぎるのは、彼の過去ゆえか。
今のククールには、解らなかった。
続く…