花炎異聞録

□第十四録 千刀
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 獄寺はいい加減、この病室の空気に耐えきれなくなっていた。
 病室のベッドに未だ寝転がっているツナを見下ろしても、何の反応も無い。
 ツナは明日、遅くても明後日には退院できるらしい。しかし彼の表情は沈みきっていて、もうすぐ退院という者の顔ではなかった。
 問題は身体より、精神の方なのだ。
 真庭忍軍が京子達を連れ去ろうとしたと聞いたツナは、三日前からこんな調子である。
 京子達を巻き込んだ真庭忍軍に対する怒りからなのか、傷のためとはいえ彼女達を守れない自分が腹立たしいのか。
 どちらかは解らないが、ツナが何かしらに憤っていることは獄寺には解った。
 しかし解ったところでかける言葉が思い付くわけでもなく、ただこうして彼の傍で立ち尽くすしかないのである。
 ツナがこのように塞ぎ込んでいるのは京子達のことだけではない。狂犬に身体を乗っ取られたクロームのこともある。
 七花は、狂犬の刺青だけを斬ればクロームを傷付けずに済むと言ってるが、そんなことができるのは鎧崩しができる七花自身のみである。
 それに今この時も、クロームが無事であることには何の保証も無い。
 狂犬が身体を乗り換えていたら――そしてボンゴレリングがクロームの手元に無かったら――
 ……これ以上は、もはや最悪の結果しか思い浮かばない。というか考えたくない。
 獄寺でそうなのだ。ツナの心中など、嵐より荒れてるだろう。
「……リボーンと七花さんは」
 突然、ツナは切り出してきた。獄寺は目を瞬く。
「ビアンキが変体刀らしきものを見付けたから、今並盛山に行ったんだ」
「そ、そうなんスか」
 だから自分は護衛のために呼び出されたのかと獄寺は納得する。
「その前に、七花さんが話してくれたんだ。真庭忍軍のこと、ちょっと」
「あのヤローからスか?」
 訊くと、ツナは小さく頷いた。
「……七花さんは真庭忍軍の十二頭領を、三人斬ったって」
「……」
 それは、獄寺が前に聞いた話だ。
 その時七花は――何と答えていたか。
「俺訊いたよ、何で殺したんですかって。敵とはいえ、殺す必要は無かったんじゃないかって」
 それはあの時、山本が言った言葉と同じだ。おそらく、七花の答えも同じではなかろうか。
「刀だからだって言ってたよ、七花さん。自分はいながらにして一本の日本刀。刀は持ち主を選ぶ。けど斬る相手は選ばないって」
 やはり、思っていた通りの答えだった。
 しかしツナは、なぜ急にそんなことを言い出したのだろうか。
「俺、解らないよ」
「十代目?」
「七花さんは悪い人じゃない。だけど、人を何人も殺したんだ。それは許せないし、でも、だけど……」
 ツナは顔を歪めた。
「俺、あの人を信用していいのかな。人を殺しても平気なあの人を、許してもいいのかな。行為自体は許せないけど、俺はあの人を憎めないよ……」
 それは自分に解答を求めているのか、自問自答をしているのか、獄寺には解らなかった。
 おそらく――これは前者であり、後者だ。どちらも求め、どちらも求めていない。
 答えは欲しいけれど、答えが怖いのだろう。
 答えた時、確実に何かが壊れてしまうからだ。それが何かかは獄寺には解らないが、あるいは――

『……!』

 二人ははっと顔を上げた。
 人の気配を感じたのだ。
 二人同時に窓辺に目を向け、そして『彼』を見る。
 二人と同い年か、あるいは年上の、目鼻立ちが整った少年だった。長い髪を背中に流し、切れ長の目には燃えるような紅い瞳が収まっている。引き締まった口元には完璧な笑みが貼り付いていて、掴みどころの無い雰囲気を持っていた。
 一体いつからそこにいたのか、二人には皆目見当が付かない。
「貴方は……誰ですか?」
 ツナが尋ねると、彼は名乗る前に、と前置きして、尋ね返した。
「僕、何に見える?」
「何って……俺らとタメぐらいのヤローだろ」
 獄寺の言葉に、少年はへぇ、と唸った。
「ふむ、つまり少年ってわけだね。ふんふん、男の子になるのも久しぶりかな♪」
「あの……本当に誰ですか?」
 若干ひきつりつつあるツナの顔を見て、少年は浮かんでいた笑みを更に深めた。
「初めまして、僕は彼我木輪廻だよ。よろしくね♪」



続く…
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