クロスライダー W&OOO

□W編第四話
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 メデューサ・ドーパントとの戦いから三日たった。
 三日間の間にも色々あった。
 まず、事件の後始末。警察は殺されたふたりの司法解剖を終え、可能な限り整えて遺族に帰したそうである。
 鳴海探偵事務所でも、事件に巻き込まれた間宮歩と森川和之のケアと聞き込みに回った。
 間宮は、肉体面はともかく精神面ではそれほど消耗してはおらず、ただ操られていたこと、止められなかったことを謝った。
「未宇さんがしたこと、私気付いていたんです。なのに、止められなかった……ごめんなさい……」
「あんたが謝ることじゃねーよ」
「でも、先に貴方達に……伝えていれば……」
 ベッドに身体を埋めながら、間宮は涙をはらはらと流した。
 ガイアメモリによる影響は本人の治癒力に期待するしかないが、ダメージが深刻な分、退院は遅れてしまうだろう。それでも意識がはっきりしている分、まだ回復の見込みがあった。
 森川の方も、さすがに美容室は臨時休業していたが、一晩を経てだいぶ落ち着いていた。
「妹がしたことでふたりも亡くなったこと……本当に、遺族の方にはなんてお詫びすればいいか」
「……責めるわけじゃないが、何も気付かなかったのか? 何か兆候とか」
「いいえ。俺のことでよく暴走するのは知っていましたし、何度も俺が止めてました。けど、就職してからはおとなしかったんです──半月前に仕事を辞めた時も、すぐ次の就職先が決まってました。もっとも、仕事が始まるのはまだ先で、それまでバイトをすると言ってましたが」
「仕事? どこで?」
「ここです。今度風都に支社ができるそうで……」
 森川は一枚のチラシを持ち出した。
「……ノルドカンパニー?」
「外国の企業だそうです。ここに住所が」
 森川はチラシの下を指した。
 指した場所は、確かに風都内の住所だった。問題は、その場所である。
「ここはっ」
「え、ど、どうしました?」
「あ……ああ、いや、何でもない」
 翔太郎は首を振りながらも、視線はその住所から離れなかった。
 そこはここ数年空き地で、誰も手を出すことはできなかった。近々ビルが完成するという話は聞いたものの、それが何のビルなのか、誰もが追及することを恐れた。なぜならそこはかつて、風都の名士であり──ガイアメモリを製造し、ばらまいていたミュージアムの本拠地、園咲家の屋敷があった場所なのだから。


「怪しすぎるでしょー!」
 事務所に亜樹子の声がこだました。
 かざしたスリッパには、“間違いない!”と書かれている。
「このタイミングで昔ミュージアムのアジトだった場所に建つとか、悪事の臭いがぷんぷんするでぇ……!」
「このノルドカンパニー、倒産したディガル・コーポレーションの利権を買い取った会社だね。子会社や提携会社を使ってばらばらに買い取ったから、かなり解りにくいけど」
「ディガル・コーポレーション──ミュージアムの関連会社を買い取ったということは……」
「亜樹子の言う通り、裏がある可能性大、だな」
 翔太郎が結論を言うと、四人は顔を見合わせた。
 誰の表情も硬い。すでに過ぎ去った嵐が舞い戻ってきたような感覚が、四人にはあった。
 その後は鳴海探偵事務所と、風都署双方でその会社のことを徹底的に調べた。そして三日後の今日、ノルドカンパニーの社長が視察に来日することが判明したのである。
 翔太郎は元園咲邸、現ノルドカンパニー支社ビルに向かった。事務所にいるのは、フィリップと亜樹子、照井夫妻の娘である春奈だった。
「やっぱり例の会社の裏は検索できなかったの?」
 ガレージからうつむきながら出てきたフィリップに、亜樹子は心配そうに声をかけながらコーヒーを差し出した。
「ああ。会社の詳細は検索できたが、その裏となるとさっぱり。ロックがかかっているのか、本当に関係無いのか」
 コーヒーを受け取ったフィリップは、ソファーに腰を下ろした。
 ふと顔を上げた先では、春奈がおとなしく椅子に座って図書館で借りた絵本を読んでいた。彼女はすでにひらがなを読めるらしく、自分で興味のある本を引っ張り出して読んでいるらしい。そのうち自然に漢字も覚えそうである。
 亜樹子はさすが私の娘! と胸を張っていたが、どちらかと言えば照井の血のような気がする。照井の優秀さは、警察での地位と実績が物語っている。
 翔太郎もフィリップも、口にはしないが。
「とりあえず、片っ端からロックを解除するしかない。情報がそろえばロックが解除できるのは、前回で証明済みだ」
 フィリップもまた、図書館で借りた本の山のひとつを手に取った。
 勿論絵本では無い。ギリシャ、日本、インド、北欧──地域は違うが、全て神話関係の本だった。
 神話関係がロックされていること、風都と夢見町で現れたドーパントの種類から察するに、TOガイアメモリは共通して幻想の存在の記憶を内包している可能性が高い。
 普通のガイアメモリにも、ユニコーンやルナメモリのように幻想種のメモリはある。だが大半は幻想ゆえに曖昧だったり、強力過ぎて常人には手に余るものばかりだ。
 ミュージアムの幹部達が持つガイアメモリも、思えば幻想の力だった。クレイドールやナスカが解りやすい例である。常人にとっては使いこなすことはおろか、死すら危ぶまれる強力かつ強烈なメモリ。
 そんな危険性を持っている幻想のメモリを各個人に馴染ませることを可能にするのが、TOガイアメモリなのではないだろうか。
 まだ推測の域を出ないが、ありえそうではあった。
 つらつらとそんなことを考えながら、フィリップは本のページをめくり続ける。
 そのスピードは通常よりも早く、普通は内容を理解しているのか疑問に思われるレベルである。
 だがフィリップは漫然とページをめくっているわけではない。恐ろしいほど素早く文字を追い、その内容を頭の中に叩き込んでいた。
 長年地球の本棚に潜り続けた結果、フィリップの本を読むスピードは速読でもそう無いというレベルになっていた。普段意識することは無いが、翔太郎に指摘されて自覚した。特別な能力だとは思っていなかったが、あまり無いものであるようだ。
 その能力をフルに使いながら、紙のページをめくる。頭の中にどんどん知識が蓄積していく。
 ──こういうのは、初めてだな。
 フィリップは読み進めながらも、不思議な心持ちだった。
 現実の本を触る機会が無かったわけではないが、それは今のように知識を得るためではなく、娯楽のための本だった。知識を得るために現実の本を読むという行為を現実ですることになるとは思わなかった。
 フィリップにとって、現実の本はあくまで暇潰しの道具でしかない。だが今は多くの人々のように、知識を得るために手に取っている。
 奇妙な感慨にふけりながら、フィリップはひたすら文字を追い続けた。
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