クロスライダー W&OOO

□OOO編第五話
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「これ、風都の名物ラーメンなんだって。凄いよねぇ、ナルトが蓋みたい。あ、ぼくの奢りだから気にしないで食べてねぇ。勿論毒なんて入れないから安心してよぉ」
 風都の移動屋台、風麺の近くに設置された椅子に座りながら、アスルはにこにこと笑った。
 対する信吾と比奈は、ナルトしか見えない器を前に戸惑いを隠せないでいる。勿論、見たことも無い巨大ナルトに驚いたわけではない──否、それはそれで相応に驚いたが、それよりも。
 ──何でこんなことになっているんだろう。
 信吾は遠い目をした。
 風都署の前で待ち構えていたアスルは、こちらを攻撃するでもなく、かといって捕らえることも無く、ただ話をしようと持ちかけてきた。
 グリードに乗っ取られていた人間がどんなものか知りたいから、と言っていたが、はたしてどこまで信じていいのやら。
「ねーえ、食べないの? 伸びちゃうよぉ」
「ああ、うん……」
 信吾は比奈と顔を見合わせ、ラーメンを食べ始めた。
 アスルの前には水すら無い。グリードである彼女には食事は必要の無いものだし、おそらく食べたところで意味は無いだろう。
 アスルがグリードである以上、食事は嗜好品にすらならないのだから。
「おいしい?」
「うん……まあ」
 正直、こんな状況でなければもっと楽しく食べることができただろう。味は勿論、見た目のインパクトもある。どうしてこうなったのか、信吾は改めて考えてしまった。
「そっか……おいしいんだ。ねぇ、おいしいってどんな感じ?」
「どんな感じって」
「ぼくの周りは栄養を取れればそれでいいって奴か、そんな質問するなって怒る奴しかいないんだ。だから人間が味を欲する意味がいまいち解らない」
「…………」
 グリードには味覚が無い。そもそも食事すら必要無い。セルメダルさえあれば、物理的な栄養など意味が無かった。
 アンクが食事をしていたのは信吾の身体を維持するためだし、アイスを要求していたのは味覚を得たからである。そうでなければ、グリードが食事そのものに興味を持つはずがない。ガメルだって味を楽しんで駄菓子を食べていたのではなく、食べるという遊びを楽しんでいたに過ぎない。
「……おいしいっていうのは、味を通じて幸せを感じることだよ」
「幸せ?」
「甘いとか、辛いとか、酸っぱいとか、苦いとか、そういう味を通じて、人間は食べ物の善し悪しを判断するんだ。食べ物の味がいいほど、食べる人は幸せになるんだよ」
「ふうん。だから人間は食事に食事以上の欲望を持つんだ。ぼく達にとってのセルメダルと違って、摂れば摂るほどいいってわけでもないだろうにさぁ」
「そうだな。確かに、その通りではあるよ」
 そういえば、カザリが最初に造ったヤミ―がそういった欲望を持っていたような気がする。かなり最初期なので、記憶は曖昧だが。
「人間ってやっぱり変わってるね。三大欲求だっけ、それだって身を滅ぼすレベルで求めちゃうんだもんね。食欲だけじゃなくて、睡眠欲とか、性欲とかさ」
「……できれば、その姿で最後のは言わないでほしい」
 反応に困る。見た目が愛らしい少女で性欲とか、場合によっては補導を考えるレベルだ。比奈も視線を泳がせている。
「うん? ……あ、そうだ、ぼく今女の子の姿だった。話しずらかったらアンクの姿で話すけど?」
「それはもっとやめてほしいかなっ!?」
 自分とそっくりの顔で性欲うんぬんを語られるとか、一体どんな拷問なのか。しかも隣に妹がいるとか、死ねということなのか。
「むぅ……人間は面倒だねぇ……」
「社会秩序のためだからね……」
 信吾はぐったりうなだれた。
「まあいいや。じゃ、本来訊きたかったことを訊かせてもらうよ」
「……アンクに乗っ取られていた時のことだよね」
「そぉ♪ 妹ちゃんもいるし、色々訊いちゃうよぉ」
 アスルはにこにこ笑って身を乗り出した。
「アンクに乗っ取られていた時、貴方はどんな気分だった? それとも意識が無かったのかな? 貴方は当初、生死をさまようほどの重体だったそうだし」
「……最初はほとんど無かったよ。一応アンクが経験したことは覚えているけど、最初の方はかなりおぼろげだし。でも俺自身が回復するにしたがって、はっきりと状況を把握することができた。アンクの意識にも多少影響を与えていた──らしい」
 信吾にはその辺りの自覚は薄い。状況の把握は確かにしていたが、アンクへの影響は全く意識していなかった。
 ただ比奈や映司の話を聞く限り、信吾が回復するのに呼応してその意識が表面化することが確かにあったようである。
「ふうん……やっぱり人間に憑依したらその影響を受けるんだ。で、その意識が表に出て行動することもある、と。あるいは反発もあるかもしれないね。その人間が憑依を受け入れた場合は、また違うのかもしれないけど……あるいは、状態によっても違うのかな」
「えっと……」
「ああ、ごめんごめん。じゃ、次に妹ちゃぁん。君から見て、お兄ちゃんがアンクへ与えた影響ってどう見えた?」
「えっ、わ、私? え、えっと……」
 突然水を向けられ、比奈はおろおろと信吾とアスルを見比べた。
 信吾はアスルに見えないようにそっと背中を撫でる。すると少しは落ち着いたようで、戸惑いが引っ込んだ顔で答えた。
「最初はただ顔が似てるだけだったけど……たまに、お兄ちゃんがやったって思えるような行動をすることがあったわ。時々、だけど……あと」
「あと?」
「お兄ちゃんの影響かどうかは解らないけど……アンクがグリードだって忘れることがあったというか、何だか人間みたいだったっていうか」
「……それ、怪人としての姿になれなかったからじゃなくて?」
「違う、わ」
 比奈はつっかえながら、しかしはっきりと言った。
「アンクは……あの時アンクは、人間らしくなっていってたんだと思う」
「人間、らしく」
 アスルは比奈の言葉をくり返した。舌の上で転がすような、味わうかのような声だった。
 アスルはしばし虚空を眺めて考え込んでいるようだった。その横顔は信吾が想像していたグリードとはかけ離れていて、酷く戸惑う。
 グリードの非情さは、五感が鈍いがゆえのものだ。人間よりも感覚のツールが退化しているがゆえに、感情もまた人間とは別物になってしまっている。アンクが人間的になっていったのは、信吾を使って鮮やかな感覚を知ったからというのもある。
 目の前の少女の姿をしたグリードは、普通のグリードと同じのはずだ。人間的な情は無く、人間を見下す存在のはずである。
 実際、アスルは出会い頭に言ったではないか、哀れでちっぽけで無価値な人間と。
 なのにどうして、うらやむような、哀しそうな顔をするのだろうか。
「……アスル?」
 たまらず声をかけると、アスルは顔を上げた。しばし茫洋とした顔をした後、困ったような笑みを浮かべる。
「失敗したな」
「え?」
 信吾は見返すも、アスルはすぐさま人を馬鹿にしたようなにやけ面になった。
「話してくれてありがとぉ。じゃ、ぼくもう行くねぇ」
「あ、ちょっと!」
「心配しなくてもちゃぁんと払ってあげるって。それともぉ」
 アスルは机の上に紙幣を二枚置き、それをコップで押さえた。そして伸ばされた信吾の腕を軽く振り払う。
「ぼくを引き留める気? 別にいいけどぉ……死んじゃうよ」
 にぃ、つり上がった唇に、信吾は戦慄した。細められた目は氷のように冷たく、過度なまでの嘲りが含まれている。先ほど比奈に謝ったのが嘘のようだった。
 その瞳が白く輝いたと思った瞬間。
「あっ……がっ……」
 信吾の身体は、ぴたりと動かなくなった。
 恐怖からではない。全身が石になったかのように、文字通り硬直してしまったのだ。
 呼吸も、真綿で首を絞められたかのように息苦しい。無理に動こうとすれば筋肉が拒否しているかのような苦痛が襲った。
「アンクが憑依している時はともかく、今の貴方はただの人間。ぼくの“目”に逆らうことはできないよ。ふふ、このまま串刺しっていうのも楽しそうだけどぉ──ぼくを追いかけないなら解放してあげる。どう? 返事できる機能は、残ってるでしょぉ?」
「ぐっ……わか、った……」
 信吾はぎり、と歯を食いしばった。アスルはそんな反応も楽しいようで、笑いながらゆっくり瞬きする。
 すると信吾の身体が自由になった。突如動くようになったせいで、机に倒れ込みそうになる。それを比奈が慌てて支えた。
「お兄ちゃん!? あ、あなたお兄ちゃんに何したのっ」
「ちょっと動けなくしただけ。ダメージは無いよ。それだけで済ませてあげたんだから、感謝してほしいなぁ」
 笑いを含んだ声に、信吾も比奈も凍り付いた。アスルはふたりの顔を見て、満足そうな表情でくるりと背を向ける。
「じゃ、ぼくは帰るねぇ。そろそろ次のドーパントが生まれそうなんだぁ」
「……!」
「多分風都でも今頃、どこかで進化したドーパントが暴れてるだろうけど、そっちは風都の仮面ライダーと警察に任せて、貴方達は夢見町のドーパントを何とかした方がいいよ。ま、どの道風都から離れることをおすすめするけど」
「……どうして」
 どうしてそんなことを教えるのか。信吾はアスルというグリードがよく解らず、思わず声に出してしまった。
 アスルは背を向けたまま、つい、と肩をすくめてみせる。
「さあ、何ででしょぉ? 自由に解釈すれば? ……あ、そうだ。最後にもうひとつ質問」
 アスルは振り向かなかった。だからその表情がどんなものか、信吾と比奈には解らない。

「アイスって、おいしいの?」

 だがその声は、先ほどとは違う、静かなものだった。
「…………」
 信吾はどう答えるか一瞬迷った。
 おいしいとは幸せだと、信吾は答えた。それを踏まえるなら、アスルはアイスを食べたら幸せかと尋ねているのである。
 なぜアスルがそんなことを訊くのか解らなかった。おいしいとはどんなものかと訊くならともかく、特定のもののことを脈絡も無く訊く意味が解らない。
 しかもそれがアンクの好物である理由は、一体何だと言うのか。
 とはいえ、おいしいとだけ答えれば、アスルは満足するだろう──
「……冷たくて、甘いよ」
 だが信吾は、アイスの味と感覚を答えていた。アスルには想像できないのは、承知の上で。
 それでも、そう答えるのが正解のような気がしたのだ。
「……そう」
 アスルはそれだけ言って、その場から立ち去った。体重を感じさせない、存在が希薄に思えるような歩き方だった。
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