花炎異聞録

□第一録 出会い
1ページ/4ページ




 鑢七花という男は、とにかく目立つ男だった。
 まず背が高い。それこそ大男と形容されてもおかしくないほどだ。
 長い腕や脚は細いが、けして華奢ではない。
 必要な筋肉が――戦うために必要な筋肉が付いた身体だった。
 それも当然で。
 彼は戦うために身体を鍛え。
 戦うために戦うのだから。
 そんな彼は今。

「……えっと。あんたら誰だ?」

 囲まれていた。


 そもそもなぜそのような状況におちいったかと言うと、それは七花にも解らなかった。
 混乱しているせいか、それとも頭でも打ったのか、前後の記憶がもやがかっているのだ。
 ぼさぼさの総髪をかきながら、それでも現状は把握しようと七花は辺りを見渡した。
 一言で言えば――ここは灰色だった。
 地面は鼠色の、土より固いもので覆われている。何でできているかは知らないが、少なくとも未知の素材であることは確かだ。
 自分の背中に当たる塀は、白に近い色をしている。
 一目で土壁でないことは解った。かといって、城の壁とも違う気がする。
 そして塀に囲まれている家は、七花の知らない形をしていた。
 色んなところを旅して色んなものを見てきたが、こんな建物は見たことがない。
 ……いや、そんなことより。
「なぁ……ここ、どこなんだ?」
 とりあえず、目の前の男達に尋ねてみた。
 自分を囲んでいるのは、十数人の黒衣の男である。
 皆初めて見る顔で、ついでに言うと、服装も初めて見るものだった。
 そういえば、左右田右衛門左衛門が着ていた洋装に近い形だ。
 だが、それとも少し違う――気がする。
 普通はもう少し考えるはずなのだが、七花はそこで考えるのをやめてしまった。
 もともと考えるのは苦手なのである。
 考えるのは、彼の役目ではなかった。
「あのさ、聞いてる?」
「……」
 呼びかけてみても、男達は何も言わなかった。
 ただ黙ってこちらを見るのみである。
 七花は困り顔になった。
 知らない場所に放り出され、知らない男達に取り囲まれれば、七花でなくとも戸惑うだろう。
 しかしそんな困惑も、男の一人が言った一言で吹っ飛んだ。

「虚刀『鑢』……」

「っ……!?」
 七花は目を見開いた。
 もし彼が虚刀流の名を口にしたなら、別段驚きはしなかっただろう。
 しかし、彼らははっきりと言った。
 虚刀『鑢』と。
 それは『完了形変体刀』としての虚刀流の呼び方だった。
 それを普通の人間が知るはずない。
 なぜなら変体刀自体が、歴史に飲み込まれるはずの刀だからだ。
 一般人が知っているはずがない――!
「おまえら……一体……」
 七花はのんきな表情を一転、厳しい顔付きになった。
 この際ここがどこかなどどうでもいい。
 彼らが何者なのか知らなければ――!
 しかしである。
 世の中というのはいつも思い通りにはいかないもので、七花の思惑は外れてしまった。

「いってぇ!」

 いきなり乱入してきた――というより目の前に倒れ込んできた、一人の少年によって。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ