花炎異聞録

□第四録 世間勉強
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 七花が現代に来て十日経った。
 その十日で、とりあえずひらがなを学習した。漢字は読めてひらがなは読めないという現代人から見たら矛盾した国語能力は、正直死活問題だったのだ。
 しかし未だカタカナは読めない。そして現代の常識も危険レベルにあやふやだった。
 とりあえず、服装だけは一般人に近付けたのだが。


「どうも違和感がぬぐえないんだよなぁ」
 七花は姿見の前で唸った。
 彼が今着ているのは、あの豪奢な着物と袴ではない。
 上は黒のタンクトップに白いパーカー、下はガーコパンツという今風の服装だ。
 ちなみにリボーンから支給されたものである。
 七花の背は現代でも群を抜いて高いため、身体に合う服などそうそうあるわけない。
 なのでリボーンがそれらの服をどう手に入れたかは謎である。
 まぁ服なので、別に怪しいツテではないだろうとツナは思ってるらしい。
 そのツナは今、学校に行っている。学校が寺子屋と同じということは、七花は認識済みである。
「どこに違和感があるんだ? 似合ってるぞ」
 七花の足元でリボーンがにっ、と笑った。
 実際似合っている。
 七花はスタイルがいいし、顔もそれなりだ。
 かつて奇策士は七花のことを見てくれはまぁまぁだと言ったが、どちらかといえば、七花は顔が整っている部類に入るだろう。
 単に、花が無い顔なだけである。
 これ以上言えば七花といえど傷付くので、ここでとどめておくが。
 ともあれ、はたから見れば違和感など無い。しいて言えば顔の傷跡ぐらいか。
 だが、洋服に関しては知識がほとんど無い七花には理解できない。
「そうなのか? よく解んねぇなぁ。もともと、服装なんて興味無いけどさ」
 七花はパーカーの裾を引っ張った。
 ちなみに着ていた着物は、彼が借りている部屋の押入れに入れられている。
 借りた部屋はツナの父、家光のものであり、本人の了解も得ている(リボーン談)。
 家光も七花が元の時代、元の世界に戻れるよう協力してくれるらしく、七花はほっと安堵した。
 できるなら早く元の世界に帰りたい。
 現代(ここ)にいることが面倒だと思っているのもあるが、過去(むこう)にいるであろう否定姫のことも心配だ。
 七花も否定姫も、幕府に追われる身である。いつ彼女に追手が差し向けられるか解らないのだ。
 それに現代に来る前後の記憶が戻らないのも、不安要素の一つである。
 そんな身の上であるためか、七花は少し用心深くなっていた。
 ……根本的なお気楽思考は変わらないけれど。

「それにしても、もうずっと家にこもりっぱなしだぜ。いい加減身体なまっちゃうよ。なぁリボーン」
 七花は足元の赤ん坊を見下ろした。
「駄目だ。今のおまえが外に出るのは色んな意味で危険過ぎる」
「けち」
 七花は少しだけ頬を膨らませた。
 言葉通り、七花はこの十日間外に出ていない。
 常識が無いゆえの危険性があるからである。
 一人にして何を起こすのか解らないのだ。
 無論、七花もそれは理解しているが――理解しているからと言って、納得しているわけじゃない。
 実際身体はなまってるだろうし、かといって室内で修行をするわけにもいかない。
 七花は三途神社のことを思い出した。
 あそこでも、長いこと外に出れなかったなぁと思ったのだ。
 だが、黒巫女達のことを理解し、情緒が発達した今となっては、充分納得できるものだ。
 しかし今は。
「んー……やっぱじっとしてるのは性に合わねぇんだよな」
「……まぁ、だろうな」
 リボーンはふむ、と唸った。
 確かに家にこもりっぱなしはよくないかもしれない。
 まだ不完全とはいえそれなりに常識は手に入れてきてるし、自分の監視付きでなら外に出してもいいかもしれない。
 ただ、そのための理由が必要だ。
 七花が外に出るための理由が……

「七花くーん?」

 急に部屋のふすまが開いた。
「あら。着替えたの? 似合うわねぇ」
 奈々がにこにこと笑いながら部屋に入ってきていた。
「あ、奈々――さん。どうかしたのか?」
 七花は首を傾げた。似合うという言葉はとりあえず受け流す。
 奈々はちょっと困ったように笑いながら七花の前に進み出た。
「実はね、ツナのお弁当届けてほしいのよ」
「あいつ、弁当忘れたのか……」
 リボーンがあきれたようなため息をついた。
「それで俺に……」
 七花は顎を引いた。
「解った。行くよ。それだけ?」
「あ、買い物もしてきてほしいわ。これ、お弁当とメモ」
「……」
 七花は奈々からそれらを受け取った後、リボーンを見下ろした。
「メモってのは用件が書かれた紙のことだぞ」
「なるほど」
 七花は小さな紙に目を落とした。
 ひらがなや漢字で食材の名前が書かれている。見たこと無い名前の食材は、おそらく洋食のものだろう。
 こちらに来て洋食は幾つか食べたが、味は七花にとっては濃いものの、おいしかったと思っている。
 最初に食べた『かれー』というものの辛さにはびっくりしたが。
「よし。じゃ行くか」
 リボーンは高い位置にある七花の肩に難なく飛び乗る。
 この十日間、リボーンの定位置が七花の肩になりつつあった。




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