花炎異聞録

□第五録 否定と襲撃
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「貴方何者なの?」

 夜の旅籠にて、否定姫はそう尋ねた。
 目の前にいるのは、数時間前に自分を助けた男――ジョットだ。
 名前と服装、そして容姿。それらは完璧に外国の人間のものであり、鎖国中のこの国ではありえない存在だった。
 しかし彼はここにいるし、否定姫はありえないという言葉を否定している。
 問題はこの男が何者かだ。
 同じことが起きてはいけないということで次の町まで同行するのは、まぁ解る。
 しかし、彼自身がどこに行くのかと問えば解らないというのだから否定姫の猜疑心は深くなる。
 そして冒頭に至るのだ。
 その言葉は彼女にしては直球過ぎるが、それには理由があった。
 ジョットとは少し話しただけだが、どうもぬぐえないのだ。

 見透かされてる……そんな感じが。

 彼の目は、まるで全てを見通し、見抜いているようなのである。
 こちらが知略謀略を巡らせても彼には通じないような、そんな気がしないでもない。
 だからあえての直球だ。
「……何者、か」
 ジョットは目を細めて旅籠の外を見つめた。
「言っても理解できるか……正直、常識も何もかも壊すような話だ」
「否定する。言っとくけど私は常識さえも否定しているわ。だから貴方の話を理解できなくもないのよ」
 どういう話かはともかくね、と否定姫は肩をすくめた。
「……そうか。だったらいいんだがな。ただ俺の正気を疑わないでくれよ」
「なら貴方の狂気を否定しましょう」
「面白いな、おまえは……さて、何から話そうか」
 ジョットは畳に腰を下ろした。否定姫との距離は、少しの間が空いている。
「俺は……この時代の人間じゃない。いや、おそらくは世界そのものも、俺がいた世界とは異なっているだろう」
「……」
 否定姫は黙り込んだ。
 別にジョットの言葉に呆然としたのではなく、自分の予想が半分当たって半分外れていたことにちょっと顔をしかめたのだ。
「服装見てもしかして未来の人間かなとは思ってたけど、異世界? 架空小説より奇異じゃない。驚き過ぎて逆に馬鹿馬鹿しいわ」
「まぁ、俺も現状は馬鹿馬鹿しいと思いたいがな。現実である以上、笑い飛ばすことはできないな」
「こっちも笑えないわよ。おかげで彼が消えた理由のおおよその予測が立っちゃったじゃない」
「彼?」
 首を傾げるジョットに、否定姫は説明をする。
「私の同行者よ。急にいなくなっちゃってね」
 否定姫はため息をついた。
「でも貴方という存在があるということは、七花君が過去か未来に行った可能性が無くもないのよ。もしかして異世界とやらの過去や未来かもね」
「なるほど……」
 ふむ、と唸るジョット。
「つまり、俺と入れ違いにそのシチカという男が過去や未来に行ったかも知れないということか」
「そうとも言えなくもないわね」
 否定姫は自分の短い金髪をいじった。
「確定できないけどね。確定どころか確証も無いわ。でもそれ以外に考えられない」
「……そうか。いや、そうなのか……?」
 ジョットは納得のいってなさそうな顔をした。
 別に自分の考えを否定するのは結構だが(むしろ上等である)、一体何が引っかかっているのだろう。
 それを訊く前に、ジョットは再び立ち上がった。
「つかぬことを訊くが、そのシチカという男は腕がたったのか?」
「ん? ええ、かなりね」
「そうか……」
 なぜか畳の上に置いてあった外套を羽織るジョット。その目は、鋭さを増していた。
「そいつなら外の連中に気付いてたろうな」
「……!?」
 否定姫が言葉の意味に気付いて立ち上がった瞬間。

 ずばあぁぁぁぁぁんっ

 襖が外から蹴り倒された。
「夜を狙ってきたか」
 ジョットは否定姫を後ろにかばった。
 襖を蹴破って来たのは、黒い着物を着た男達である。
 おそらく外で襲ってきた奴らとは違うだろう。彼らはしばらく動けないだろうとジョット自身が言っていたのだ。
 だとしたら彼らの仲間か……
 否定姫ははぁ、とため息をついた。
「全く……七花君がいなくなったことを楽観視してた自分を、私は否定するわ。彼がいたらこんな奴ら一発なのに」
「俺は信用してないのか……」
 ジョットは苦笑した。
「まぁ今日会ったばかりの男を信用しろというのが無理な話か。……さて、否定姫」
 ジョットは顔だけを否定姫に向けた。
「ここでこいつらを倒してもいいが、それだと後がまずい。野宿してもかまわないか?」
「……かまわなくなくもないわよ」
 三重否定。それに頷き、ジョットは失礼、と断りを入れて否定姫を抱き上げた。
 そして窓の外へ飛び出す。
 階は二階。高さはそれなりにあるのに、迷い無く、だ。
 しかしジョットは否定姫を抱えているにも関わらず、音も無く地面に降り立った。
 上で男達が騒いでいるのが聞こえる。しかしジョットはそちらには目を向けず、外にいた数人の男達を見ていた。
 否定姫は抱き上げられたまま、その男達の武器に眉をひそめた。
 刀だ。別にそれ自体は珍しくない。武士でなくとも刀を使う人間は大勢いる。
 問題はその刀身だ。
 刀身には赤や青、紫などの色をした炎が灯っていたのである。
 しかもそれぞれが独特の揺らめきを持ち、本来の炎の形から大きく外れていた。
 変体刀でも刀身に炎を灯した刀なんて無かったのに。
 雷を帯びた刀ならあったが、あれだってあからさまに雷が見えていたわけじゃない。
 一体あの刀は何だ?

「死ぬ気の炎」

 ふと、ジョットの声が降ってきた。
「まさかこんなところで使われているところを見るとは」
「何よそれ。死ぬ気の炎……?」
「……おいおい説明する」
 ジョットは否定姫を下に下ろした。
「こんなところで足止めを喰うわけにはいかないんだ。早急にかたをつけさせてもらおう」
 上の奴らも降りてくるだろうしな――そう言ってジョットは両手に手袋をはめる。
 手の甲に縦に『T』と書かれた、不思議な意匠の手袋だった。
「零地点突破――」
 その時否定姫は見た。
 ジョットの額に、瞳と同じ色の、美しい炎が宿ったのを。




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