花炎異聞録
□第八録 消失
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「青い……彼岸花?」
ジョットは首を傾げた。
彼と、そして否定姫が歩いているのは、薩摩に続く街道だった。
当初の目的地――濁音港に向かっているのである。
本当は七花が寄りたいと言い出した港町なのだが、七花がいない以上、彼を探す目的も含めてそこを目指していた。
その道中、成り行きで同行者となったジョットから先日謎の男達が使っていた死ぬ気の炎について説明を聞いた。
死ぬ気の炎とは人体に流れる波動が元となる炎で、いわば生命力を炎に置き換えたものだという。一般人が死ぬ気の炎を操るには特殊な指環を必要とするらしい。
そういえばあの男達の指には指環がはめられていた気がする。
特に気にしていなかったが、彼らがそんな似合わないものをはめていたのも納得できた。
死ぬ気の炎には七種あってそれぞれ特性があるらしいが、否定姫はそれを聞いていない。聞こうとも思わない。
そんなものを知ったところで、自分がどうこうできることじゃないだろう。
その後、否定姫は七花がどうしていなくなったかを尋ねられたので説明した。
しかし、否定姫にもよく解ってないのである。
ただ、七花がいなくなったあの時、道端で彼岸花を見た。
季節外れというのもあったが、何より否定姫が驚いたのは花の色である。
本来なら鮮やかな赤であるはずのその彼岸花は、深い青色をしていたのだ。
七花もその花を珍しがって、手を伸ばした。
そしたら――いなくなっていた。
まるで最初から存在していなかったように、七花は姿を消したてしまったのだった。
唐突過ぎた。青い彼岸花も、まるで最初から咲いていなかったかのようになくなっていた。
話を聞き終え、ジョットは顔をしかめて考え込んだ。
「どこに行ったのか……やはり俺と同じように別の時代、別の世界に行ったか」
「まぁ考えったってしょうがないわよ。予想予測立てたって現状が好転するわけ無いし。七花君が戻ってくるわけじゃないしさ」
否定姫はひらひらと手を振った。旅の同行者がいなくなったというのに、何ともお気楽である。
彼女の本質を早々に見抜いていたジョットは苦笑しつつ――ふと、今気付いたようにそういえば、と視線を否定姫の頭に向けた。
正確には、頭に付けた仮面だ。
「話は変わるが、その仮面は何だ? 前々から気になっていたんだが」
否定姫は目をぱちぱちさせた後、あぁ、これ? と頭の仮面に手をやった。
まるで縁日での子供のように頭の右側に付けられた仮面。縦に『不忍』と書かれたその仮面は顔の上半分を隠すぐらいの大きさで、形をよく見れば男性の顔に合わせたものだというのが解った。
否定姫はその仮面に触れ、けらっと笑った。
「これはさ、昔私の部下だった根暗暗黒面男が付けてた仮面なの」
「……酷い言いようだな」
「いいじゃない、私の元部下をどう言おうとさ。まぁそいつは死んじゃったんだけど、この仮面は私が与えた物だから返してもらったのよ」
「そうか……大切な部下だったのか?」
「まさか。私に大切な部下なんかいないわよ。まぁあいつのこと、信頼してなくも――なかったわ。何だかんだで、あいつには色々助けられたしね」
否定姫は終始楽しそうに話していた。
そこには哀愁も何もない。
ただの、思い出話をしているかのようだった。
「まぁそいつの存在は、今は否定しちゃいましょう。それより、まずはやっぱり七花君よね」
別に今の話に思うところがあったからではないだろうが、否定姫は話を最初に戻した。
「ほんとにどこ行っちゃったのかしら。この間立てた仮説が本当なら、探しようがないじゃないの。ま、私までここじゃないどこかに連れてかれるなんて事態にならなかっただけ、まだましって感じ? そう言った意味じゃ、ちょっと慌てちゃった過去の私を否定できるわね」
「いつも思うが、なぜおまえの言動はそう否定ずくめなんだ……」
ジョットはそう言いつつ、会話を楽しんでいるようだった。
このジョットという男、否定姫と同じくどこか余裕を残した雰囲気なのである。現状を楽しんでいる節もある。
否定姫とジョット。そういった意味では似た者同士だった。
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