書庫V

□つまるところ欲望の具現
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「いわゆるご都合血鬼術です」
「ご都合血鬼術」
 微笑む胡蝶しのぶの言葉を、無表情の冨岡義勇はくり返した。


 義勇がしのぶの管理する蝶屋敷を訪れたのは、血鬼術にかかった隊士達を隠達と共に運んだからである。
 鬼は義勇が斬ったものの、血鬼術の効果は消えることはなかった。おまけに彼らは血鬼術のせいで正常な判断力を失っており、義勇達が抑えねば暴れるため、運んだ後もとどまる必要があった。
 その血鬼術は、人間を獣化するものである。正確には完全に獣になるわけではなく、思考能力を著しく低下させ、身体の一部を獣のそれに変化させることで相手の行動を制限させる。那田蜘蛛山で我妻善逸が戦った蜘蛛の鬼の獣版というところだ。
 応援に駆け付けた義勇は血鬼術どころか怪我すら無く鬼を滅殺したが、怯えて逃げ惑う半獣状態の隊士達を捕まえて引っ張っていくのに無駄に疲れてしまった。そこから更に治療の補助という名の拘束係である。
 治療を終えた時には、しのぶ共々ぐったりしていた。共に休憩として縁側で並んでお茶を飲み、彼女の先ほどの治療の解説を聞いていて──ふと、疑問を抱いた。
 相手を変化させる血鬼術というのは、今までどれほどあったのだろうか。
「そうですねぇ……私もそう数を知っているわけではありませんが、他者を変化させる血鬼術は、資料を紐解く限り割とあったようです」
 義勇の疑問に、しのぶはそう答えた。
「大抵は今回のように食べやすくするためや相手の戦闘能力を奪うため。我妻君が倒したあの鬼の場合は、自分の手足として操る意図もあったようです。まあおおむねこの三つがこの血鬼術の利点ですね」
「確かに隊士達は身体が変化したせいで刀を握ることも、それどころかまともに動くこともできてなかったな」
「全集中の呼吸もできない様子でしたしねぇ。足の指一本失うだけで人間はまともに歩くことが難しくなりますから、思考能力を失わなくても手足が獣化しただけで抵抗できなくなったでしょう」
 まあ、としのぶは肩をすくめた。
「これはあくまで利点で、意図が別にある場合もありますが」
「うん?」
「そういった効率は別にして、鬼自身の願望や欲望が表れた血鬼術があるって話です」
 ──そしてやり取りは、冒頭に戻る。


 人間を食らったり、単純に生き残るため以外に血鬼術を得るケースは少なくない。そこには鬼自身の強い欲求が表れているのだが、しのぶ曰くそれが人間時代の下卑た欲望から生まれると、それ何の意味があるの? と問いたくなるような血鬼術になることがあるという。ご都合血鬼術と言うが、都合がいいのは鬼側にとってということである。
「先ほど言った獣化が、なぜか耳としっぽのみだったり、性別を変えたり、子供化させたり──現状そういった患者さんはいらっしゃいませんが、過去にそういった術にかかった方はいたようです」
「……最初はともかく、後半ふたつは、一応利にかなってはいるんじゃないか?」
 女性や子供を好んで喰う鬼は多い。わざわざ相手を選ばずとも、自分で変えられるのなら手間はかからないだろう。そうでなくとも、女子供になると抵抗する力はぐんと下がるのだ。
 合理的ではある。感心する気は無いが。
「そうですね。そこになぜか発情効果が無ければ」
「……!?」
 義勇は危うく茶を吹きそうになった。何とかこらえて飲み込み、しのぶを見る。表面はやはり無表情だが、それでも動揺を感じ取ったのだろう、しのぶはあらあらと微笑んだ。
「冨岡さん、大丈夫ですか?」
「……大事無い」
「そうですか。それはよかった」
「いや、よくはない」
「あら、何がよくないんでしょうか」
「…………」
「冨岡さん、冨岡さーん。ちゃんと喋ってくださいよ、ねぇねぇ」
 えいえい、と義勇の肩をつつきながら、しのぶは話を続ける。義勇の言葉の意味を理解しているだろう内容だった。
「発情効果と言っても、別に動けなくなるほどじゃなかったみたいですよ。呼吸を使う剣士にとっては、抑制できる程度です。でもまあ色んな意味で厄介ですよねぇ。ちなみにほかに、魅了とか、服だけ溶かすとか、本当によく解らないものがありました」
「……服を溶かす?」
 義勇がその言葉に反応するのを、しのぶは聞き逃さなかった。くるりと彼を振り返り、笑みを深める。
「冨岡さん。もしかしてご都合血鬼術にかかったことあります? 報告上げてくれなきゃ困りますよ。ちゃんと治療なさったんですか? まあ今の反応から察するに、犠牲は服のみなのでしょうが」
「落ち着け。胡蝶は知らないことだ」
「何を知らないんでしょうか。いつも言ってるでしょう、ちゃんと説明してくださいな」
「胡蝶が入隊する前の話だ」
 義勇がまだ少年だった頃の話である。入隊して一年ほどの時で、その時はまだしのぶも、亡き姉のカナエもいなかったはずだ。
 それを聞いて、しのぶは指を下ろした。
「ああ、それでしたら。ちなみに、どんな鬼だったんですか?」
「あれは確か七年前のこと……」
「もっと手短にお願いします」
「…………」 
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