異世界の守り人

□願いの丘
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 夢も希望も、他力本願で叶うものではない。
 誰も、他人の願いを叶えられないのだから。
 けれど、他人の願いの手助けをすることはできるだろう。
 他人を救うことも、また。


 希望の丘は、丘と言うより、崖だった。
 切り立った岩の塔とでも表現すべきだろうか。内部に抜け道のような登り穴があるからいいものの、そうでなければ岩肌を伝ってのぼらなければならなかったろう。
「中からのぼれて、本当によかった」
 エイトは深々とため息をついた。
 その背に、鉄の槍は無い。代わりに鋼製の剣を背負っていた。アスカンタで買い求めたものだ。
 鉄の槍は、今までの連戦でぼろぼろになってしまったため、再び剣を待つことにしたのである。
「確かに、この高さを外からのぼるのは無理よね……」
 答えたのはゼシカだ。彼女は特に、装備を変えてはいない。ヤンガスも同様だ。彼の場合、ドニで変えたばかりのため、そもそも変える必要が無いのだが。
 ククールはというと、右腕に盾が通されていた。
 銀の聖印や装飾が施された赤い盾で、この丘の中で手に入れたものだ。
 一方、ヤンガスやゼシカと同様、装備を変えていない者がいる。
 アリィシアだ。
「ここを登りきったころにはもう夜になっているだろうな」
 アリィシアはいつもの青衣に身を包み、いつもの羽根付き帽子をかぶり、そしていつもの剣を腰から下げていた。
 会った頃から随分とたったというのに、何ら変わりない。せいぜいポルトリングで付けた青い盾ぐらいが、変化である。
 それ以外の装備は、何も変わらない。
「……ねぇ、アリィシア」
「うん?」
 エイトがおそるおそる声をかけると、アリィシアは振り返って首を傾げた。
「何だ?」
「い、いや、あの……アリィシアは装備を変えないの?」
 エイトが尋ねると、アリィシアは紅い目をしばたかせた。
「……なぜだ? 変えるも何も、私のこの服は、魔力が込められた丈夫な服だし、帽子も同様だ。剣も盾も、普通のものとは違う。なぜ変える必要がある」
「……あー」
 そう言われると、エイトは何も言えない。なるほど、通りで彼女の服は破けも汚れもしないわけである。
 なら逆に、どうやってそんな装備を手に入れたのか。
「ねぇ、アリィシア」
「うん? 今度は何だ」
 視線を辺りへ漂わせていたアリィシアは、エイトの方を見た。エイトはアリィシアの装備を見つめ、意を決して尋ねる。
 別に決意をする必要は無いが、何となく。
「アリィシアの装備ってさ、どこで手に入れたの?」
「うん? ん……この服はもらい物だな。どういうわけか、同じ素材の男物の服ももらった」
「男物?」
「あぁ。赤色の、ククールが似合いそうなやつだ」
「俺?」
 急に名前が出たことに驚いたのか、ククールは目を瞬いた。
「そう。今度見せるよ。で、それから帽子は買った。どっかの……旅商人だったかな。ついでに言うとこのブーツもそう。盾と剣と手袋は少し特殊だから詳しくは言えないが……錬金術で手に入れた」
「前に言ってた、錬金術のできる知り合い作?」
「そう」
 そこでアリィシアはくすくすと笑った。
「ど、どうしたの?」
「いや、ただの思い出し笑い。あいつ凄いていねいな口調でな、私のことをお嬢様と呼んでるんだ。別に私は、そんな上等な存在ではないのだがな」
 アリィシアはひとしき笑った後、紅い目を細めた。
「談笑はここまでだ。……来るぞ」
 アリィシアの言葉で、気付く。辺りを覆う、濃厚な殺気を。
 エイト達がはっとする中、アリィシアは剣を抜く。
 青銀の剣を構える様は、やはりはっとするほど美しかった。




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