異世界の守り人

□満月の音色
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 館の中には廊下は無く、そのまま直接部屋に繋がっていた。
 淡い色合いの青に統一された室内に、アリィシア達はほう、とため息をつく。外と同様、何とも幻想的な世界だ。
「綺麗……こんなところがあるのね」
 ゼシカがうっとりと、周りを見回した。隣のククールは、感嘆の声を上げて一歩前に出る。
「まるで現実味が無ぇな。夢でも見てるみたいだ」
「本当に夢じゃないでがしょうね」
 一人うろんげな顔をするヤンガスに、エイトは苦笑した。
「五人全員が同じ夢を見るなんて、例え夢でもただの夢じゃないよ」
「全くだ」
 同意しつつ、アリィシアは部屋の中心を見つめた。
 舞台のように高くなった床、柵に囲われた中心部に、人影が見えた。
 長い、青色の髪の後ろ姿。アリィシアより淡い色合いのそれは、人でないことを表していた。
「……貴方が、この館の主か」
 アリィシアが声をかけると、青い髪のその人は、ゆっくりと立ち上がった。
「久しいな、ここに客が来るとは……」
 まるで歌うような口調でこちらを向いたのは、薄青色の長衣を着た男だった。
 白く、整った面差しで、どこか浮き世離れした雰囲気の、若い男である。手には簡素ながら見事な細工がほどこされたハープが携えられ、彼が音楽をたしなむ者だとアリィシア達に教えた。
「貴方は……?」
「初めまして、人の子よ。私はイシュマウリ。ここ月の世界の住民だ」
「月の世界?」
「そう。君達は、月陰の窓を通ってきた者達だね」
「……?」
 アリィシア達は顔を見合わせた。
 あれは、月陰の窓と言うのか。そしてここは月の世界。
 どうやら、完全に別世界に迷い込んだようだ。
「それで、君達は何のためにここに来たのかな。あぁいや、わざわざ説明しなくてもいい」
 口を開きかけたエイトを制し、イシュマウリはハープの弦を弾いた。澄んだ音が、一つ上がる。
「君達の靴に訊こう。何が目的なのかをね」
 ぽろん、ぽろん、と、もの哀しくも美しい旋律が響く。一瞬聴き惚れた一同だったが、すぐさま現実に引き戻される。
 それは、彼らの靴が、ほのかに発光し始めたからだ。
「な、何だ!?」
 目を瞬いている間に光は消えたものの、驚きはぬぐえない。呆然としているアリィシア達とは対称的に、イシュマウリは静かにふむ、と唸った。
「なるほど……アスカンタの王の嘆きを癒すため、キラというメイドに頼まれてきたわけか」
「えっ……!?」
 エイトの驚きの声が上がった。アリィシアすら息を飲み、イシュマウリを見つめる。
「なぜ……解る?」
「言ったろう。君達の靴に訊こうと」
 イシュマウリは微笑みを絶やさないまま、ゆっくり高床から降り始めた。その動きはふわふわしていて、彼そのものが幻ではないかと思わされた。
「私はこのハープを使って、記憶を呼び覚ますことができる。例えどの時代だろうと……太古の昔の記憶だろうと、呼び覚ますことができる。今のは、君達の旅の記憶を呼び起こさせてもらったのだよ」
 旅において最も身近な物の一つは、靴である。足を守り、どのような場所でも歩行を可能とする靴は、確かに旅の記憶を刻んでいるだろう。しかし、それを音楽でよみがえらせるなど――そんな魔法は、アリィシアも知らない。
 そんな彼女の気持ちを感じ取ったのだろうか。イシュマウリは笑みを深くした。
「私の魔法は遠い昔に編み出された魔法。君達が知らないのも無理は無い」
「遠い過去……」
「果てしないほど昔のことだ。天がまだ、使いを必要しなかったほどに、ね」
 イシュマウリは、アリィシアに微笑みかける。含みを持ったその言葉に、誰より反応したのは――勿論アリィシアだった。
 彼の示す言葉は、他ならぬ天使のことを指しているのではないか。彼は天使のことを何か知っているのか。自分を見たということは……アリィシアが何者か、見抜いているというのか。
 憶測と推測が頭を駆け巡り、結局消えていく。最終的に、アリィシアは黙り込んでしまった。
 それを受けてではないだろうが、エイトが前に出てイシュマウリと対面する。驚きは、すでに収まったようである。
 イシュマウリの目が、細められた。まるで、値踏みでもするように。
 しかし、エイトは臆することなく、その視線を真正面から受け止めて口を開いた。
「貴方の力は……記憶を呼び覚ますことだけですか?」
「そうだ。どうも勘違いされがちなのだが……私には、願いを叶える力なんてこれっぽっちも無いよ。私はただ、記憶をよみがえらせるだけ」
「……それは、死んだ人の記憶でもよみがえらせることができますか?」
 イシュマウリ以外がはっとした。エイトを凝視し、じっと次の言葉を待つ。
 イシュマウリだけが、面白そうに唇を緩めた。
「できないな。死者が生前愛用していた品の記憶なら可能だが……あとは、そう、『死者との』記憶」
 イシュマウリの一言に、エイトは真面目な表情を崩さずに頭を下げた。
「それでもいい。いや、それがいい。パヴァン王の記憶の中のお妃を、よみがえらせてくれないでしょうか」
 エイトの言葉に、全員目を丸くした。一方のイシュマウリも、いかにも驚いたといった体(てい)の表情をしている。
 だが、やがてそれは笑みに変わった。
「いいだろう。君の頼みを聞こう」
 ぽろん、と、ハープが音色を上げた。




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