クロスライダー W&OOO

□OOO編第一話
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 火野映司はクスクシエの屋根裏で荷物をまとめていた。荷物と言ってもかさばるものは無い。ちょっとのお金と明日のパンツさえあれば生きていけるという主義を実行している映司にとって、荷物らしい荷物は無い。
 鴻上ファウンデーションの研究協力員である今だって、せいぜいスマフォと社員証、そして──
「……よし」
 ポケットの中にあるものを確認して、映司はひとつ頷いた。
 海外でのテロの多発化を受け旅に出ることを自粛していたが、そろそろ旅を再開したかった。ひとまずテロが起きていない国を周り、情報収集に専念するつもりである。
 とはいえ、今後の指針のこともある。明日にでも鴻上と相談しなければならないだろう。エニグマ事件の報告書も提出しなければならない。
 映司はふと、事件のさなかに再会した相棒のことを思い出した。
 ほんの僅かな時間の邂逅だった。交わした言葉は少なく、言いたかったことの十分の一も言うことができなかった。
 それでも、確かにアンクは存在していた。財団Xが作ったコアメダルを依り代にして、映司の隣にいたのだ。
 その僅かなやりとりは映司の想いと決意を強くするのには充分だった。
「……明後日出発できたらいいんだけど」
 すでに知り合いに挨拶は済んでいるから、出発自体はいつでもいい。唯一実家には旅立ちどころかそもそも帰国していること自体連絡していないが、別にいいだろう。
 なにしろ前に意を決して訪ねてみて、あまり気分のいい結果にならなかったのだ。少なくともしばらくは近付きたくないし、関わりたくない。次があるとしても、ずっと先になるだろう。
 遠い目になりかけた映司は、下からの声に我に返った。
「映司くーん、ちょっと来てくれるー?」
 知世子の声である。映司は首を傾げた。
 今は昼の営業が終わった時間であり、夜の営業の仕込みにはまだ早い。現状映司にすることは無く、知世子も試したいレシピがあるからと残っていただけなのだが。
 何かあったのかと心持ち急いで店に降りた。そこには。
「信吾さん、後藤さん」
 カウンター席に座ったふたりのスーツ姿の男性を見て、映司は困惑した。
 泉信吾と後藤慎太郎。どちらもかつての戦いで知り合った、映司にとって縁深い人物である。帰国の挨拶は済んでおり、旅立つ前に連絡を取ろうとも思っていた人物の登場は、映司にとって予想外以外の何者でも無かった。
 そもそも営業時間外のクスクシエに忙しいふたりがいること自体、奇妙な状況であった。
「映司君に話があるらしくてね、どうも急ぎみたいなんだけど」
 知世子はのんびりと言った。口振りこそおっとりしているが、顔には心配そうな色を浮かべている。
「すみません、知世子さん。急に押しかけてしまって」
 後藤が申しわけなさそうに頭を下げた。隣の信吾も、柔和な笑みを曇らせる。
「ご迷惑をおかけします。どうしても映司君に、確認しなくちゃいけないことがあって」
「迷惑なんて思ってないわよお。ただ、ふたりが来たのがどんな理由なのか、気になっちゃって……」
 知世子は苦笑した。
 知世子がそう言うのも無理は無い。信吾と後藤は警察官──それも刑事事件を担当する、いわゆる刑事であり、彼らが仕事中に来たということは何らかの事件を追っているということである。そして映司を訪ねたということは、その事件に映司が関係している可能性があることも示していた。
 勿論、映司は警察のお世話になるようなことは──少なくとも自覚の上では──していないし、知世子もそれを疑っているわけではない。ただ純粋に疑問なのだろう。
「とりあえず、映司君は座って。私お茶淹れてくるわね。後藤君と信吾君の分も」
「あ、いえ、俺達は職務中なので」
「いいからいいから。いくら冬と言っても、水分補給はしなきゃ駄目よ」
 知世子はにこにこ笑いながら厨房に入っていった。
 それを見送ってから、映司は信吾の隣に座って彼らに向き直った。
「それで、何かあったんですか? エニグマ事件で、また何か?」
「いや、それはあまり関係無いんだ」
 信吾は首を振った。横目で後藤と視線を交わし、懐から一枚の写真を取り出す。
「映司君、ちょっとこれを見てくれないか? 監視カメラの映像を写したものだから、画質はそんなによくないけど」
「はい」
 映司は写真を受け取った。
 言葉通り画質は荒く、細かな部分はぼやけてしまっている。
 だが、大まかなところは充分解った。どうやらコンビニの店内のようだ。夜か昼かは解らないが、ふたつの人影を除けば誰かがいる様子は無い。
 だがそれは、本当に人影なのだろうか。
 片方は間違いなく人間だ。青い制服の後ろ姿や背格好から察するに男性店員で、レジを挟んで相手に掴み上げられている様子だった。
 問題は、そのもう片方である。
 人影とは言ったものの、大まかな形状は人間に似ているだけで、粗い画(え)からも解るほどに人間離れした容姿だった。
 一見すると、それは白い人型だった。だが全身真っ白というわけではなく、ところどころ黒っぽい部分がある。いまいち判然としないが、もし例えるのであればミイラのよう、になるだろうか。
「……!」
 写真をしばし見つめた映司は、その姿に既視感を覚えて息を飲んだ。
 まさか、という気持ちで信吾と後藤を見る。後藤は眉根を寄せて映司を見返し、信吾は少し顔をうつむかせてもう一枚の写真を撮りだした。
「この後の写真もあるんだ。見てくれないか」
「……」
 映司は無言でそれを受け取った。
 写っていたのは先ほどと同じコンビニの、荒らされた様子だった。店員の姿は見当たらない。カメラの死角に入ったのか、あるいはうまいこと逃げられたのかは、写真だけでは判然としない。ミイラのような人影も無かった。
 だが、誰も写っていなかったわけではなかった。少なくとも、何かが写っていた。
 それは、人間よりも一回りかそれ以上に大きかった。全身が黒く、鳥のような形をしている。左右に広げた腕はどう見ても翼にしか見えず、今にも飛び立たんとしているようだった。
 巨大な鳥の化け物。まさしくそうとしか言えないものが、そこに写っていた。
「これって、まさかヤミ―、ですか?」
 映司が思わず尋ねると、信吾は解らない、と答えた。
「俺達も、直接こいつを見たわけじゃないんだ。目撃者にも色々聞き込んでみたけど、正体は掴めなかった。ただ」
「現場には、これが落ちていた」
 言葉を引き継いだ後藤は、ビニール袋を取り出した。透明なそれに入っていたのは。
「セルメダル!?」
 映司は思わず声を上げた。
 ビニール袋に入っていた、鈍い銀色に輝くメダル。それは間違いなく、セルメダルだった。
「警察で検査してみたが、間違いなく本物だ。何より俺が確信している。推定ヤミ―が落としたものだろう。……それと、周囲を聞き込みした結果、ある人物が複数人に目撃されていることが解った」
「ある人物?」
「たまたま顔を確認できた目撃者によると」
 後藤は一瞬だけ信吾を見た。
「泉刑事によく似た、金髪の男だったと」
「……!」
 映司は音を立てて立ち上がった。
「それってまさか!」
「落ち着いてくれ、映司君」
 信吾の穏やかな声に、熱を持ちかけた映司の思考が少しだけ正常に戻った。それでも気持ちは収まらず、眉間にしわを寄せて信吾を見返す。
「あまり掘り返したくないが……エニグマ事件の時、アンクは復活して、だがすぐに消滅してしまったんだよな」
 改めて座った映司に、後藤はためらいがちに尋ねた。映司は頷く。
 アンクはあの戦いの後、割れたコアメダルを残して映司の目の前で消えた。財団Xが造ったほかのコアメダルと同様、鳥系のコアメダルが消滅した結果だろう。もともとそこまで耐久性がなかったのか、オーズドライバーでの使用を想定していなかったから過剰負荷がかかったのかは、不明であるが。
 だから少なくとも、あの時あの場所にいたアンクは、もうどこにもいない。
 だが。
「でも、その人物がアンクじゃない可能性も、絶対じゃない、と思います」
「なぜだ?」
「財団Xは完全ではないにしろ、コアメダルを復元し、かつグリード達も復活させました。グリード達は倒したし、最上が持っていたメダルは消滅したのは確かですけど……あれしかなかったという断定もできません」
 消滅したのは、あくまであの場にあったコアメダルだ。もしほかにもあるのだとしたら。それによってグリードが真贋はともかくとして復活し、その内にアンクがいたとしたら。その彼がヤミ―を生み出したのだとしたら。
 残念ながら、それらを否定できる材料は、映司にはないのだ。
 それを聞いた信吾と後藤は、とたんに難しい顔になった。財団Xの科学力がどれほどのものか、断定する術はふたりにも無いため、映司の挙げた可能性を否定できなかったのだ。
 と。

「アンクちゃんじゃないわよ」

 重い空気を取り払うような明るい声に、三人は顔を上げた。
 いつの間にか、トレイの上に三つのティーカップを乗せた知世子が、にこにこと立っていた。
 三人の前にそれぞれカップを置いた後、知世子は確信に満ちた声音で言った。
「本当にアンクちゃんなら、真っ先に映司君に会いにくるはずだもの。だから、その人はアンクちゃんじゃないわ」
 三人はしばし、知世子を眺めて惚けてしまった。
 最初に我に返ったのは、映司だった。映司は想わず吹き出すと、信吾と後藤に向き直った。
「ふたりは、ヤミ―やアンクのことを知らせにわざわざ来てくれたんですか?」
「あ、ああ、いや」
 後藤は首を振った。
「さっきは推定ヤミ―と言ったが、おそらくヤミ―で確定だ。だからオーズであるおまえの力を借りようと」
「いいですよ」
「いいのか」
「はい」
「鴻上会長に交渉して、また俺がバースに変身してもいい。何かしら見返りは求められるだろうが、ヤミ―が関わっていることを知れば、会長も協力してくれるだろう。わざわざおまえが出張る必要は無い。それでもか?」
「はい」
 映司は笑顔で頷いた。
「ヤミ―はともかく、アンクは本物かどうか解りません。偽物かもしれないし、本物だとしても、俺のことを覚えてないかもしれない。あいつはグリードだから、ヤミ―を造らないとも言えません。でも俺の知っているアンクなら、俺のところに来ないわけがない」
 この事件にアンクが関わっているかもしれない。それを思うと、映司はいてもたってもいられない。ずっと求めていた相手を前にした衝撃は、もう充分に味わっている。それが消えてしまった喪失感も、また。
 さっきまでだって、アンクかもしれない人物の話を聞いて、期待と不安で心がかき乱されていた。アンクかどうかの真偽は関係無く、彼を前にすれば映司は酷い動揺を見せていただろう。アンクから間抜けとせせら笑われても、文句が言えない有様になったかもしれない。
 だが、知世子の言葉でそんなごちゃごちゃした気持ちは吹っ飛んでしまった。
 その通りかな、と映司は自然と思えたのだ。映司の知るアンクは、復活したらまず自分のところに現れる。そして言うのだ、アイスよこせ、と。
 映司にとってのアンクは、そういう存在だ。強欲なほど、傲慢なほど、自分の欲するものにまっすぐだった。その本質は、数年振りに会ったあの時も変わらなかった。
「アンクが本当に復活したとして、俺のところに来ないならきっと何か理由があるはずです。偽物だとしても、アンクの姿を使っている理由があるはず」
「そうだな」
「だからアンクが本物だろうと偽物だろうと、俺は関係無く戦います。まず、その人物に会うために。アンクだったら、どうしてそんなことをしているのか。偽物なら、どうしてアンクのふりをしたのか問いたださないといけない。……それともうひとつ、後藤さんの言う通りなんですよ」
「俺の?」
「俺は、オーズです」
 映司はきっぱり言った。
「俺は──オーズは、ヤミーやグリードと戦わなくちゃいけいない。止めなくちゃいけない。奴らのせいで──いや、奴らのせいじゃなくても、誰かが傷付いたり、ましてや命を落としたりするのなら、俺は全力で手を伸ばす。それだけは、何があっても覆ることが無い事実なんです」
「……」
 信吾と後藤は、黙って映司の話を聞いていた。黙って聞いて、顔を見合わす。そして笑った。
「火野、それはオーズだから、じゃなくて、火野だからじゃないのか」
「映司君は例えオーズに変身できなくても、向かっていきそうだよね。ていうか向かっていくよね。アンクと一緒の時も、エニグマの時も」
「う」
 信吾の言葉に、映司は反論できなかった。どちらもその通りだからだ。
 エニグマ事件に関しては、研究のためにいったん預けていたコアメダルを受け取らず、急いで駆け付けてしまったのだから弁明の余地が無い。
 鴻上は笑い飛ばしたが、コアメダルを預かっていた科学者からは電話越しでさんさん説教された。
「言ったらちゃんと返したのに、なぜ取りにこない。結果的に問題無かったからいいものの、丸腰で戦場に出る戦士がいるか。馬鹿なのか、馬鹿だったな」
 そんなことを延々と、しかも感情の無い淡々とした声で言われたのは、記憶に新しい。思わず電話しながら正座してしまった。
 若干すねたような困り顔で黙り込んだ映司に、信吾は声を上げて笑った。顔はアンクと同じなのに、印象はどうしてこうも違うのだろう、と映司は現実逃避気味に考える。
 後藤も吹き出してしまい、更に知世子までもが、それが映司君よねえ、といつもの調子でとどめを刺したため、信吾はとうとう机に突っ伏してしまった。何がそんなにつぼにはまったのだろうか。
 信吾と違い、すぐに回復した後藤──ただし唇の端はけいれんしている──は、念を押すように言った。
「協力してくれる。そういう認識でいいんだな」
「勿論です」
「ありがとう。とりあえず上司には俺が説得して、鴻上の正式な調査協力を得られるよう取り計らう。火野は、会長に事前に話しておいてくれ」
「解りました。でも説得って、どうするんですか?」
「大丈夫だ。手は幾つかある」
 かつての戦いの中で成長した後藤は、年齢を重ねて、ただ真面目なだけではない、清濁合わせた行動も取れる男になった。まだ伊達さんには敵わない、と彼は言うかもしれないが、頼れると思わせるだけの実力と度量を身に付けたことには変わりない。
 任せるべきところは任せて、自分は自分のすべきことをやろう。ごく自然にそう考え、映司はこの後の予定を頭の中で組み替えていた。

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