クロスライダー W&OOO

□W編第二話
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 三宅都の住むマンションは、店からバイクを走らせて十分ほどのところにあった。
 管理人に事情を説明し、共に三宅の部屋に向かう。
 だが、そこには先客がいた。
 三宅都ではない。店で写真を確認させてもらったから、それはすぐ解った。
 全く見覚えが無い、誰も全く知らない女性だった。
「……誰?」
 こちらに気付いた女性は、いぶかしげな顔でこちらを睨み付けた。
 敵意剥き出しの態度に翔太郎は戸惑った。こちらに疑念を向けるのはともかく、そんな風に見られるとは思わなかった。
 そもそも──
「それはこっちのセリフなんだがな……」
 翔太郎は頬をかく。三宅都ではない、間宮歩でもない。彼女は一体誰なのか。
「……俺は探偵の左翔太郎。この部屋に住んでる女性と連絡が取れないって依頼を受けて、調査のために来た」
 ひとまず簡単に自己紹介すると、女性の表情がますます険しくなった。
 舌打ちでもこらえているような、明らかに苛立った表情だった。
「…………嘘でしょ。だってあたし、この部屋の人に直接頼まれて来たんだけど?」
「は……?」
 翔太郎と亜樹子は顔を見合わせた。
 何日も連絡が取れず、仕事場にも電話やメールひとつ無かったというのに、彼女は直接会ったというのか。
「あの、失礼ですけど貴女のお名前は?」
「……森川未宇だけど」
「森川? ってあの美容師の妹さん!?」
 亜樹子は飛び上がった。翔太郎も目を見開く。
 もしそうなら、依頼主の妹が行方不明者の所在を知っていることになる。
「あんた達、兄さんに頼まれたんでしょ」
「あ、ああ」
「だったら兄さんにはあたしから事情を説明しとくわ。じゃあもう帰って」
「ちょ、ちょっと!」
 素っ気無く言い放って鍵を取り出した未宇を、亜樹子が慌てて押しとどめた。
「せめて三宅さんの所在を教えてよ! でないと私達も帰れないし、何より貴女のお兄さんが心配してるんだよ!?」
「知らないわよ。あたしはただ本人に頼まれて荷物を取りに来ただけ。あと、仕事はもう辞めるってさ」
「そんな急に言われても……!」
「落ち着け、亜樹子」
 翔太郎はぽん、と亜樹子の肩に手を置いた。
「未宇さん。用事を早くすませたい気持ちは解るが、貴女のお兄さんが心配してるのも事実なんだ。ここの住人のこと、知ってる限りでいいから教えてくれないか?」
「…………」
 未宇はしばらく翔太郎を睨み付けていたが、全く揺らがない彼に諦めたのか、渋々頷いた。
 管理人には謝罪して帰ってもらい、翔太郎、亜樹子、未宇の三人で部屋に入った。
 部屋はそれなりに広く、きちんと片付けられている。本棚が多く、中にはきっちり本が並べられていた。出版社や作者、本の種類も含めてしっかり仕分けしている。
「取りに来たって荷物は?」
「ちょっと量が多いのよ」
 言いながら、未宇はおもむろにクローゼットを開いた。
 そこから旅行鞄を取り出し、中の服を乱雑に詰めていく。
 その様子をじっと観察しながら、翔太郎は口を開いた。
「未宇さん、貴女とこの部屋の住人はどんな関係なんだ?」
「別に……兄さんが雇ってる美容師って認識しかしてないし。今回はたまたまよ」
「たまたま?」
「たまたま、会って……手が離せないから代わりに取りに行ってほしいって。何か、とんでもないことしちゃったって言ってたけど」
「とんでもないこと? 詳しい内容は聞いてますか?」
 亜樹子に訊かれ、未宇は首を振った。
「解んない。あの様子だと、自殺するかも」
「自殺!?」
「さすがにすぐってことは無いと思うけど」
 未宇は満杯になった鞄を閉じた。
 翔太郎が続けて尋ねた。
「それで、肝心の本人の居場所はどこなんだ? そんな状態でほっとくわけにはいかないぞ」
「それは……」
 未宇が口を開きかけた時だった。

 ベランダの窓が、部屋に向かって吹っ飛んできた。

それが窓だと、翔太郎はすぐに認識できなかった。
だが次の瞬間理解した。やばい、と。
「ふたり共、逃げろ!」
 翔太郎の声に、亜樹子と未宇は反応できなかった。
 ふたりは飛んできた窓枠とガラス片に悲鳴を上げて頭を下げただけだ。亜樹子はとっさに未宇をかばうように身体をずらしたが、後は硬直している。
 翔太郎は懐のドライバーに手を伸ばしながらふたりに駆け寄り、ベランダを振り返った。
 遮るものが無くなり、ただの穴と化した場所。
 そこに、人間より一回り大きい影があった。
 上半分は人間に似ている。頭とふたつの腕、曲線的な身体のラインは女性の形だ。
 だが下半身にはあるべきふたつの脚が無い。あるのは芋虫のような尾であり、とぐろを巻くほどに長い。
 そもそも上半身からして、頭が異様に大きく、首が無いのだ。まともな形態は期待すべくもない。
 驚愕と逆光に目が慣れるまで数秒、それでようやく、翔太郎は相手の全容を把握できるようになった。
 大きな頭は人間のそれではなく蛇──おそらくコブラのものだった。平べったい頭部の下には、人間の顔のようなものが張り付いている。全身は茶色い鱗に覆われており、人間によく似た両手の爪は黒色で鋭くとがっている。
 蛇に無理矢理人間の要素をかけ合わせたような化物。それが翔太郎の印象であり、生理的な嫌悪を抱かせるそれを表すのにぴったりの表現だった。
「ドーパント……なのか……!?」
 思わず疑問形になってしまうのは、無理からぬ話だった。
 探偵として、同時に仮面ライダーとして数多くのドーパントと戦ってきた翔太郎だが、だからこそ、目の前の異形は違うと直感が訴えてきた。
 目前の化物は正真正銘の怪物だぞと、脳の奥底が警鐘を鳴らしているのである。
 だからと言って、後ろにかばったふたりを置いて逃げるという選択肢は無い。ジョーカーメモリとドライバーを取り出した──時だった。

 ──ぞわり、と。

 背骨を直接撫でられたような不快さが、翔太郎を襲った。
 それが殺気であると気付いたのは、反射的に上体をそらした直後だった。
 翔太郎の目の前を、捉えきれないスピードで何かが通り過ぎる。遅れて後ろの壁が削れ、穴が空いた。
 ──狙撃!?
 翔太郎の身体に緊張が走った。
 目の前にはドーパントかも解らない謎の怪物。視界外にはどこの誰とも知れない狙撃手。これでは自分の身はおろか、ふたりの安全すら危険だった。
「ふたり共、俺の後ろに!」
 それでも少しでも安全を確保しようと翔太郎は前に出る。そのまま変身しようとするも、今度は怪物がそれを許さなかった。
 怪物はその巨体からは考えられない素早さで尾を振るい、翔太郎をしたたかに打ち据えた。
 さしもの翔太郎も生身では耐えられずに吹き飛び、壁に叩き付けられてしまった。
 翔太郎が肺の中の酸素を吐き出すのと、亜樹子の悲鳴が上がったのはほぼ同時だった。
 床に倒れ込む翔太郎を尻目に、怪物はその尾を亜樹子と未宇に伸ばした。
「このっ、来んな!」
 亜樹子は手にしたスリッパをぶんぶん振り回した。だが怪物はそれに反応もせず、ふたりを絡め取る。
「亜樹子、未宇さん!」
 翔太郎は何とか起き上がろうとするが、その横を再び弾丸が通り過ぎた。今度は頬をかすめていったそれに、一瞬硬直する。
 その一瞬の内に、怪物はふたりを連れてベランダから飛び降りてしまった。とっさにスパイダーショットの発信器を放ったものの、直後に怪物は視界から姿を消してしまう。
 追いかけようと立ち上がりかけた翔太郎だが、またも弾丸が襲いかかる。ごろごろと床を転がって回避するが、二度、三度と放たれるそれは、いつまでも避けていられるものではない。今だって勘だけで避けているようなものなのだ。
「っ、くそ」
 翔太郎は舌打ちして玄関に退避した。その途中で脇腹を銃弾がかすめるが、気にする余裕は無い。
 何とか転がり出たが、一息つく暇は無かった。脇腹の傷が軽傷であることを確認すると、そのまま駆け出した。
 だがその直後にスタッグフォンが鳴り響いた。眉をひそめて画面を確認すると、フィリップの名前が表示されている。
 翔太郎は脚を止めることなく通話ボタンを押した。
「どうした、フィリップ」
『検索結果が出たんだが……どうしたんだい? 何かあったのか?』
 どうやら声の調子で変調を悟ったらしい。翔太郎は息を整えると、先ほどのことを手短に説明した。
 ハードボイルダーのところまで来た時、フィリップは息を飲んだ。
『亜樹ちゃんが……それに狙撃って、大丈夫なのかい!?』
「問題無ぇ。かすっただけだ」
『問題無いって、君ねっ』
「それより検索結果だ。ハードボイルダーに乗るからドライバー付けて話そうぜ」
 翔太郎はハードボイルダーにまたぐとドライバーを付けた。
『……亜樹ちゃん達を追いかけられるのかい?』
 脳内に響くフィリップの声は、いかにも不機嫌そうだった。無理も無いかと思いつつ、翔太郎はスタッグフォンを切ってエンジンをかける。
「スパイダーの発信機を付けた。問題は狙撃手の方だが……いっそ変身した状態で行くか?」
『それには賛成だが、追いかける前に幾つか話しておきたい』
「何だよ。説教ならごめんだぜ」
『それは後でたっぷりさせてもらう。そうじゃなくて、亜樹ちゃんと一緒に連れていかれた森川未宇なんだけど』
「彼女がどうかしたか?」
『森川和之の妹なのはこちらでも検索結果として出ていてね。というのも、彼女は間宮歩の同級生なんだ。親しくしていた友人のひとりみたいだよ』
「……何?」
 翔太郎は目を見開いた。
「森川は妹の友人をバイトとして雇ったってことか。じゃ、あそこで間宮歩が働いていたのはそっちの紹介か」
『そうなんだけど、それだけじゃなくてね。森川未宇が強く勧めたそうなんだ。問題は理由で、どうやら兄の監視目的で間宮歩を働かせていたようだ』
「は? どういうことだ」
『兄弟に対する愛情が非常に強い人間のことをブラザーコンプレックスと言うけれど、森川未宇の場合、それにしても異常ということだよ。彼女、兄関連で何度か問題を起こしていたようだ。兄が結婚してからはおとなしいが……』
 フィリップがもたらした情報に、翔太郎の顔がどんどんしかめられていく。思わず呻き声が漏れた。
「ちょっと待て……森川和之のところの常連客が殺されて、勤めていた美容師が行方不明で、バイトが姿を消した?」
『翔太郎?』
「とどめに森川に異常に執着している妹が怪物にさらわれた……なあフィリップ。こりゃちょっとできすぎじゃねぇか?」
『……ああ。だからこそ引き留めた。亜樹ちゃんはともかく、その妹は事件に無関係とは言い切れないからね』
「ああ、それは俺の中で答えが出ている」
 翔太郎はため息をついた。
「まだ断定はできないし、詳細は未だ闇の中だが──少なくとも、三宅都の失踪は森川未宇が関わっている」
『……根拠は?』
 フィリップの質問に、翔太郎は口を開いた。
「三宅の部屋は非常に片付いていた。掃除されていたのは勿論だが、本棚やクローゼットがきちんと整頓されていた。ちょっと神経質なぐらいな。そんな人間が他人に荷物の用意を頼むとは考えにくい。そうでなくとも未宇の荷物の詰め方はかなり乱雑だった。ただ服を詰めてるだけだったんだ」
『なるほど。他人の荷物をまとめている様子ではないね。となると、それは森川未宇の偽装──あるいは時間稼ぎか』
「怪物が森川未宇と組んでるなら、後者の可能性もあるだろうな」
『そうすると、森川未宇がこの事件の犯人、カーボン・ドーパントということか?』
「いや、ドーパントはおそらく別だ」
 翔太郎はフィリップの言葉を否定した。
「ドーパントは俺達との戦闘で傷を負っている。程度は解らないが、少なくとも腹部に火傷があるだろう。そんな状態で、普通に動けると思うか?」
『森川未宇は傷を負っている様子は無かったのか』
「ああ。呼吸も落ち着いていたし、身体をかばう様子も無かった。おそらく彼女は無傷だ」
『となると、ドーパントはまた別の人物か』
「間宮歩か、あるいは三宅都か──まだ解らねぇけどな」
 翔太郎はハードボイルダーのエンジンをかけた。
「ともあれ、追いかけないわけにはいかないがな。行くぞ、相棒」
『ああ』
 翔太郎はジョーカーメモリを出した。同時にドライバーにメモリが転送される。
“サイクロン”
“ジョーカー”
「『変身!』」
 ハードボイルダーを走らせる翔太郎の姿は、誰にも遮られることなくWへと変身する。Wはマンションを離れ、スパイダーの示す場所へと向かった。
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