書庫V

□大空の道化は笑う
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「この数年間、色んなことがあった」
 過去を懐かしむように目を細め、組んだ手の上に顎を乗せる。
 ほんの数年間で、本当に貫禄がついた。
 マフィアのボスとして。そして一人の人間として。
「Gと共に自警団を創り、そのメンバーと一緒にボンゴレを創り」
 ジョットは指を僅かに動かし、指にはめた指環に触れる。
 ボンゴレのボスの証。彼の決断は、それを捨てることに繋がっている。
「雨月やアラウディ、スペードやナックル、それにランポゥ……皆に、出会えた」
 そして証を捨てるということは、仲間をも捨てるということだ。
「楽しかった。この数年間。辛いことも哀しいこともあったからこそ、穏やかな時間は何よりもいとおしかった」
 なのにこの男の目には、迷いは無い。いつものように静かで、澄みきっている。
「ボンゴレを創ったのは、俺がこの指環に選ばれたからだ。……だが、それももう終わる」
「終わる、だと?」
 Gは一瞬眉をひそめ、そしてハッとした。
「まさかジョット! てめえ……」
「落ち着け、G。おまえが想像してるようなことじゃない」
 ジョットは苦笑した。
「違うよ。俺の代はもう終わる、という意味だ」
「何言ってやがる。おまえはまだ若い。これからボンゴレを大きくしていくのはおまえしかいない!」
 Gは机ごしにジョットの肩を掴んだ。
「なぜだ! おまえにはまだ時間がある。俺達守護者にもだ! なのになぜ、終わるなんて言いやがるっ」
 ジョットは静かに笑った。
 それを見て、Gの勢いは削がれてしまう。
「なぁG」
 ジョットはそっと頬に触れてきた。
「時は移りゆくものだ。どれほど願おうと、俺達は立ち止まることも後戻りすることも叶わない。進むしか、人はできない」
「……何が言いてぇんだ」
「俺の時は終わったんだよ。次の時に移らねばならなくなったんだ」
 ジョットは手をGの頬から離した。
「……この指環は、時の象徴だ」
 ジョットは指環を見つめた。
「この指環は、新しい持ち手を望んでいる。なら、次の時へと継承せねばならない」
 Gはわけが解らなかった。
 指環が何を望むというのか。指環が何を求めているというのか。
 ファミリーより、物言わぬ指輪の方が大切なのか。
「……いい加減にしろよ」
 Gはジョットの肩を掴む手に力を込めた。
「おまえ以上にボスにふさわしいやつはいねぇ。おまえ以外に、俺達が仕える大空はねぇ」
 大空は、常にいなくてはならない。
 大空がいなくては、天に浮かぶもの達はどうなるというのか。
 嵐は吹き荒れず、雨も大地に恵みを与えられないだろう。
 雲は漂う場所を、霧は見上げるものを失うだろう。
 太陽は輝けず、雷も地に落ちることはないだろう。
 空がなくては、自分達は存在しえない。いては、いけない。
「おまえ、本当に馬鹿だぜ……俺達が、おまえを求めているのに」
 Gは奥歯を噛み締めた。
「雨月も、アラウディも、スペードも、ナックルも、ランポゥも! おまえだからともに来た。それをっ」
 Gはいつしか叫んでいた。
 この身勝手で我が儘で大切な、たった一人の幼馴染みに対する怒りで。
「おまえは踏みにじる気か。俺達の覚悟を、全て笑って捨てる気か!」
 怒鳴る一方で、冷えた頭の一部で何をしているんだと思った。
 ジョットが自分達を見捨てるわけがない。
 共に生き、笑ってきた仲間を一番大切にしてきたのは、他ならぬジョットではないか。
 仲間が傷付いた時も、一番嘆き、一番怒ったのはいつもジョットだったではないか。
 Gはそこでやっと、己の手が震えていることに気付いた。
 怒りをジョットにぶつけたい。
 殴って、なじりの言葉を言ってしまいたい。
 だがそれは……自分の手にジョットの手が添えられたことにより未遂で終わった。
「G、俺の大切な友よ」
 ジョットは静かに笑った。
 いつものように、ただ静かに。何もかも見透かしたように。
「俺はおまえ達が大切だよ。何よりも変えがたい、大切な友だ」
 部下を友と呼ぶのは、マフィアではおそらくジョットだけだろう。
 だからこそ、仲間と共に笑ってきたのだ。
「でも、これは俺の運命(さだめ)だ。俺は、それに従うよ」
 Gは呆然とジョットを見つめた。なぜか、ジョットが酷く遠くにいるような気がしたのだ。ジョットは、ここにいるというのに。
 そう、ジョットは確かにここにいる。
 だが、今から遠くに行ってしまうような気がした。
「……おまえは」
 Gはうつむいた。
「いつも俺を置いていく」
 いつも、ジョットは一歩前を行く。
 自分はその背を追いかけてばかりだった。
「どうして共に、歩くことができない」
「G……」
「俺はおまえの右腕として、ずっとおまえと共に戦ってきた。でも、共に歩くことはなかった」
 Gはジョットの肩から手を離した。
「何で、俺も一緒に歩かせてくれない」
 ジョットは笑みを消してGを見上げた。
 戸惑いと驚きに染まった瞳。こんな目を見たいわけじゃない。
 ただ、俺は……
「頼むから、置いていくな」
 Gは前髪をぐしゃり、と掴んだ。
「一人で歩いて、いくな」
 常に笑っていたジョット。
 仲間の中心で、いつもいつも。
 だが、本心を明かすことはほとんど無かった。
 辛い時も、哀しいときも、気持ちを共有することは無かった。
 まるで道化だ。
 大空を汚さぬよう、泣いても笑う道化師。
「俺がいる。雨月も、アラウディも、スペードも、ナックルも、ランポゥも。だから」
 Gはジョットを真っ直ぐ見つめた。
「一人で、生きていくな」
 Gの言葉にジョットはうつむき、再び笑った。
 だが先程までの楽しそうな笑みではなく、哀しみを帯びた微笑だった。




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