書庫V

□つまるところ欲望の具現
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 義勇がまだ十四歳だった頃。与えられたのは、少年少女ばかりを喰らう鬼の討伐任務だった。
 狙われるのは、いずれも十三歳前後かそれより下の子供ばかり。見た目の傾向は無いが、どちらかと言えば見目のいい者が狙われやすい。十五、六より上の人間はよほど容姿が優れていない限り殺されはしても喰われることはない。
 義勇は年齢もちょうどよく、本人に自覚は無いが恵まれた容姿をしていたので、この任務はこの上無い適任だった。ちなみに先輩の隊士(二十歳)もいたが、開幕から鬼の不意討ちを食らって、死にこそしなかったものの昏倒して最後まで戦うことはなかった。余談だが、年齢も階級も下の義勇に終始守られっぱなしだった先輩は自信を無くし、隠へと転向して今日も元気に裏方をやっている。
 現れた鬼は、一見すると普通の人間と変わらなかった。だが今いる街で最低二十人、周囲の街や村などを合わせるとおそらく五十人近く喰っている可能性が高く、また実際手強い鬼だった。
 だが、厄介だった──というか、奇妙だったのは、その鬼の血鬼術である。
 血鬼術は、血に触れた布を溶解させるという奇妙なものだった。先輩を抱えて回避した際に袴に触れた血はすぐにその部分を溶かし、しかしその下の義勇の肌は無傷だった。不審に思ったものの形見を溶かされてはたまらないと羽織を脱いで先輩に被せ、鬼と対峙した義勇だったが、その鬼はおかしなことを言い放った。
 おかしくも、気持ち悪い言葉を。
「白い……若い、肌……脚……早く、全身見たい、なあ……邪魔な服を溶かして……ふ、ふふ、ぐふふふ」
「…………」
 義勇は踵を返して全力で走り去りたくなるのを必死にこらえた。
 実は事前調査で鬼の人間時代らしき男の情報を掴んでおり、その男が犯罪行為で追われていることも知っていた。
 罪状は、少年少女に対する猥せつ行為である。
 突然話しかけたり気味悪い要求をしたりするのは当たり前、抱き付いたり追いかけたり、あげくに半裸で子供に迫って大人達にぼこぼこにされた上で捕まったという。
 だが男は牢から逃げ出し、しばらくまた上記の犯罪行為を犯し、しかし突然ぱったり姿を消したという。ただ、入れ替わりで鬼の被害が出始めたので、この男が鬼になったのではという仮説を立てて動いていた。
 なので鬼の変態的言動はむしろ想定内なのだが──
 直接相対してみて、想像以上の気持ち悪さに義勇が尻込みするのは無理からぬことだった。この時の義勇は感情の半分以上を凍らせていたが、その発言を何も感じず無視するには未熟だった。
 その後も鬼は戦闘中に変態発言を繰り返し──詳しい内容は聞く側のしのぶのためにも、何より思い出す義勇自身のために省く──義勇の精神をごりごり削っていった。師である鱗滝の教えが無ければ、混乱と嫌悪感で戦えなくなっていたかもしれない。
 幸いだったのは、その鬼が義勇の隊服を溶かすことに執念を燃やし、致命的な攻撃をしてこなかったことである。おかげで義勇は大した怪我も無く、最終的に鬼の頸を斬ることができた。
 ちなみに隊服は三割溶かされた。義勇は泣きそうになった。後処理で来た隠──ちなみに年若い女性だった──は事情と惨状を知ってちょっと泣いた。目を覚ました先輩は別の意味で泣いていた。
 隊服は当然破棄した。刀は念入りに手入れをした上でしっかり天日干しした。鬼の痕跡は徹底的に排除した。
 これが、義勇が遭遇したご都合血鬼術の顛末である。当たり前だが、義勇にとってはトラウマの一夜だった。
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