異世界の守り人

□像が見た記憶
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 一人の青年が階段を登り、塔の頂上に現れる。鋼の鎧兜を着込んだ彼は、誰もいない、一切変わらない様子の頂上に首を傾げた。
「おかしいな。扉は開いていたのに……」
 しかし何かが破壊された様子も無いし、リーザス像の瞳にある紅い宝石も無事だ。どこかで行き違いになったのだろうかと、青年は踵を返しかけた。
 だが。

「哀しいなぁ」

 突然後方から声がかかった。
 先程まで誰もいなかった場所に声と気配だけが現れたかのような感覚に、青年は表情をこわばらせる。
 青年は振り返り、その姿を確認した。
 白塗りの顔、おどけたような服装、その手には、まがまがしい気配を放つ鳥を模した杖が握られている。
 まるで混沌の闇をそのまま収めたような冷たい目の道化師は、うっすらと笑っていた。
「誰だ、貴様!」
 青年は剣に手をかけた。
「哀しいなぁ、本当に哀しい……」
「質問に答えろ! 貴様は何者だ!?」
 青年は剣を抜こうとした。だが、鞘から刃は現れず、ただ鎧だけががちゃがちゃとうるさく音を立てている。
「ど、どういうことだ!? 剣が抜けない……!」
「くっくっく、私はドルマゲス。ここで人生の儚さについて考えていた」
 道化師――ドルマゲスは、おかしそうに笑った。
 青年はドルマゲスを睨み付け、諦めずに剣を抜こうと手に力を入れていた。
「哀しいな……君の勇ましさに触れるたび、私は哀しくなる」
 ドルマゲスの目が細められた。途端、青年の顔に驚愕の色が浮かぶ。
「な……身体が、動かない……!」
 けいれんするように小刻みに身体を震わせ、青年は歯を噛み締めた。
「おのれ……ドルマゲス! 貴様の名、私は忘れないぞっ」
「おぉ、嬉しいなぁ。私のことを覚えてくれるなんて」
 ドルマゲスは唇を歪ませ、青年に大股に近付いた。
「私も忘れないよ、君のことを」
 ドルマゲスはあいた片腕を青年の首にまわした。
 そして。

 ドッ

 肉をうがつ鈍い音が響いた。
「がっ……」
 青年は呻いた。口から血をあふれさせながら、唯一動く目玉を下へ向ける。
 青年が見たのは、金属の鎧もろとも自分の腹を貫く杖だった。
「あ、あぁ……」
 青年の顔に絶望が浮かぶ。対し、ドルマゲスは実に楽しそうだった。
 ずるり、と杖が抜き取られると、青年はがしゃん、と鎧から音を立てて倒れ込んだ。その目には、生気は無い。
「君との出会い、語らい――我が人生の誇りとしよう。君の死は、無駄にはしないよ」
 ドルマゲスは青年を見下ろし、背中を丸めた。
「くっくっく……あっははははは、ひゃーはははははははははは!」
 道化師は高笑いをしながら空気にとけるようにそこから消えていった。
 後に残ったのは血だまりの中でこときれた青年と、何があっても歪まれることの無い笑みを浮かべる女性像のみだった。




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