異世界の守り人

□疑念
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 聖堂騎士団の団員だと名乗る男がレイピアに手をかけた瞬間、アリィシアは動いていた。
 剣を抜き、ほんの僅かに見えた刀身へ凪ぐ。硬度において明らかな差があるレイピアは、たちまち柄と刃がわかれてしまった。
「っ、な……!」
「何だ。文句なんざいえる立場じゃないだろう。安物とはいえ剣で斬ったら人は死ぬんだぞ?」
 睨みつけてやれば、間抜けにもまだ使い道の無い柄を持っていた男は目に見えておびえていた。実力差を思い知らされ、焦ってるようだ。
 そんな彼がようやくエイトを離そうとした時だった。
「何をしている」
 冷たい声がした。
 男の表情が固まり、意識的ではなく無意識にであろう動きでエイトを離す。あきらかに、声の主を恐れている。
 アリィシアは声のした方――男が背を向けている建物の奥に目をやった。
 そこにいたのは、男と同じ服を着た若い男だった。黒い髪を全て後ろに撫でつけ、切れ長の緑の瞳は鷹のように鋭い。整った面差しは、厳しさをにじませていた。
 デザインこそ多少違うものの、彼も聖堂騎士団とやらの一員なのだろう。そして、後ろに二人の男を従えているところを見るに――
「こんにちは、旅のかた」
 男はにこりと微笑んだ。
「私は聖堂騎士団の団長、マルチェロと申します。部下が何かぶしつけなことをしましたか?」
「肩がぶつかったって理由で剣を抜こうとしたのよ」
 ゼシカが唸るような声で言った。男――マルチェロの口調が、丁寧にも関わらずどこか慇懃無礼に感じたからだろう。
「なるほど……それで、そちらのお嬢さんが剣を抜いたわけですか」
 マルチェロはアリィシアを見た。アリィシアはそれに頷くこともなく視線をそらし、未だに震えている男に目を向けた。
「なぁ、いつまでその柄、持ってるつもりだ?」
 言われた男は、はっとしたように柄を放り投げた。
 マルチェロはその柄を見、鞘に収まる刃を見、そして再びアリィシアを見た。
「すばらしい剣技ですな。教えてほしいぐらいだ」
「そうか。それはこっちから願い下げだがな」
 アリィシアはじろりとマルチェロを睨んだ。
「部下のしつけがなってないし、何より」
 この男の目は知っている。見たことがある。
「おまえの目は、嫌いだ」
 ガナン帝国の、あの皇帝の目と同じだ。




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