異世界の守り人

□忘れられた修道院
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 結論を言うと、オディロ院長には会えなかった。
 オディロ院長が住まう場所は修道院の裏庭にある、池の中心に浮いた小島に建てられた館で、そこへ渡るには唯一かけられた橋を使うしかない。
 しかしその橋は二人の騎士団員が守っており、とても通れそうにない。どうやら、マルチェロの命令のようである。
「こんなとこであのイヤミ男に邪魔されるなんて!」
 ゼシカが腹立たしげに地面を蹴った。そのまま鞭を取り出しそうな勢いなので、アリィシアは慌ててなだめる。
「落ち着けよ。警備をするには、当然の対応だろう」
「アリィシアの言う通りだよ。よく知らない人間と会うのは、すごく危険なんだ」
「ただの旅人だと思ったら暗殺者だった――なんてオチ、よくありやすからねぇ」
 ヤンガスがしみじみと言った。山賊だった彼のことだから、知り合いにそういう戦法を使う殺し屋でもいるのかもしれなかった。
「とりあえず、今日は指環返して帰ろ。で、しばらくこの辺で聞き込み」
 エイトの提案に、全員同意した。ゼシカは若干不満げのようだったが。
 そうして建物の中に戻ると、目的の人物と鉢合わせた。
 つまり、ククールである。
 彼はうつむき、難しい顔で何やら考え込みながら歩いてきた。いや、難しい顔と言うより、むしろ焦燥を感じさせる。
 表情から見るに、先程のマルチェロとのやり取りは関係無いのだろう。「……ん?」
 ククールはふと顔を上げ、こちらに気が付いた。目を瞬かせ、こちらを凝視する。
「あんたら、何でここに……」
「何でじゃないでしょ! あんたが指環を返しに来いって言ったんじゃないっ」
 ゼシカが指環をククールに突き付けた。それに対し、ククールが表情を変える。
「指環……そうだ、その手があった!」
 ククールは一瞬唇をゆるめ、しかしすぐさま真顔になった。昨夜のキザな様子はどこにもない。
「なぁあんたら、俺の頼みを聞いてくれないか」
「はぁ!? 何であんたの頼みなんか……」
「いいから聞けって!」
 苛立ちを含んだゼシカの声を、ククールは遮った。
「あんたらは感じないか? この修道院を覆う、邪悪な気を」
「……解るんですか?」
 エイトの驚きの声に、ククールは重々しく頷く。
「他の奴らに聞いた話じゃ、さっきここを一人の道化師が通っていったらしい。おそらくそいつがこの気の大元だ」
「……道化師……!」
 ゼシカが呻いた。
 邪悪な気を発する道化師など、一人しか思いつかない。
「……ドルマゲスか」
 アリィシアは口の中で呟いた。
 ようやく追いついたのだ。ドルマゲスに――否、ラプソーンに。
「このままだと院長が危ない。けど入口には頭の固い奴が二人いて通れない。けど、一つだけあの小島に通じる道があるんだ」
「どこだ、それは」
「昔の修道院だ」
 ククールは声を低めた。
「昔の修道院と院長室は繋がっている。けど旧修道院に入るにはその指環が必要なんだ。だからそれは、まだあんたらが持っててくれ」
「……どうしてそこまでするんですか?」
 エイトが前に出て、ククールに尋ねた。
「そこまでする理由は何んですか? 騎士団員として――じゃないですよね」
 何の飾り気も無い、静かな問いかけと視線。ククールはまっすぐなその目に気圧されたようだが、しかしすぐ、答えを口にした。
「……あの人に死んでほしくない。それだけだ」
「……そうですか」
 エイトは微笑を浮かべた。
「解りました。その場所を教えてください」
 とたん、ククールの口元に、弛緩するするように笑みが広がった。




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