風神
□高校一年生 冬と騒動
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ロードはシーズンオフになった。
そして期末テスト。
仲間達は実は成績がいい。
そして、シーズンオフは東堂庵の手伝いが忙しくなるため、私と尽八は寮から東堂庵への泊まり込みへと変更した。
と、言うよりは女将が勝手に変更していた。
で、テスト前の一週間は毎晩、東堂庵では勉強会が開かれている。
尽八と私は作務服と着物のままで勉強会に合流する。
さながら、合宿だ。
「あー、最近よく見るけどよぉ?桜の着物ってそそるよなぁ?ピンク頭のうなじがよぉ…着物の色と合ってんだよなぁ…」
靖友の言葉に全員が動きを止めてしまった。
「あの?靖友さん?」
尽八の声が心無しか震えている。
「あー、気持ちはわからないでも無いな。制服にピンクは目立つが、着物の色とはマッチしているよ。人気出そうだよな。これを学校で見せたらさ。」
隼人が先に同意を示す。
寿一は私のうなじを見つめている。
尽八は顔を真っ赤にして困っている。
靖友が尽八を見て笑い飛ばす。
「桜を女の子に見せんのは着物だけだろぉ?おめぇみてぇにずっと追い回せネェよ。」
「しかし、尽八。桜を守るのはお前の仕事だ。俺はそう思うぞ。テストが終わればすぐに冬休みだろう…」
あ、皆は私への嫌がらせが起きるのを心配してくれてたんだ。
「少しは発破かけておかんと心配なんだよ。我らがマネージャー兼コーチ兼仲間だからな。」
隼人の言葉に尽八がニヤリと笑う。
「桜を守るためなら、もちろん、手段は選ばんよ。」
私は溜息をついてしまった。
この人はさっきまで親子喧嘩をしてからの意気投合を女将としていたのだ。
「女将!お願いがあります!」
仕事が終わるや否や、母親に頭を下げる尽八。
「尽八…?何かしら?」
「冬休みの間、私の友人も働いてはいけませんか?」
尽八の言葉に女将の横で仕事を片付ける私も驚く。
「人手は有難いけれどね、それはどうかと思うわ。冷静になりなさい。」
「冷静に考えた結果です。桜を守るなら、東堂庵の者より仲間の方が拠り所となり易いと考えたからです。」
尽八が女将に睨みつけている。
「東堂庵のスタッフを信用していないのですか!?」
「しております!信用していないのは、桜の大丈夫の台詞です!」
私、さりげなく酷い事言われた。
「東堂庵のスタッフだって桜さんの大丈夫の台詞は信用していないです!万全の体制で望む予定です!」
女将にまで言われた。
「それでも!桜は絶対にスタッフに相談はしないと思います!」
「なら!仲間には相談すると言い切れて!?」
私、さっきから酷い言われようだし。
「桜!お前はどうなんだ!」
「桜さん!貴方が決めなさい!」
尽八と女将が私に怒鳴る。
私は苦笑いするしかない。
「あのぉ…誰にも相談は絶対しないと思います。でも、仲間がいたなら、心の支えになるかもですかねぇ。」
尽八の気持ちも女将の気持ちも嬉しい。
「でも…東堂庵の皆様にもお世話になっているので、皆様がもちろん嫌がるなら…仲間がいなくても私はがんばれますよ!」
どっち付かずな答えになってしまうのも仕方ないよね。
「桜!東堂庵のスタッフの事まで!
やはりこの、東堂尽八の婚約者候補なのだな!」
「その心意気!素晴らしいわ!ならば、今残るスタッフに聞いて決める事にしましょう!」
この親子は納得してくれたんだね。これで。
て、言うか…親子で熱血だね。
「でも、俺には相談してくれ、桜。俺はお前の婚約者候補なのだから。」
「あら、女将である私に相談なさい。幾らでも根回ししてあげるから。」
いやぁ、似た者親子だと気づいてしまったよ。
似てるとは思っていたけど。
「しかし、急遽、お得意様の新年会でお泊まりの予約が入ったのですよ。尽八は旦那様の戻りが間に合わない場合は若旦那として挨拶に上がっていただかなくてはいけないので、私や尽八の方が頼り無いかもしれませんね。」
私と尽八の背筋が伸びる。
女将の顔つきが営業モードに戻ったのだ。
「この状況では、貴女を若女将候補としては紹介出来ないのよ。なので、ご友人の件は致し方ないので、今残るスタッフにアンケートを取って決めましょう。」
女将の言葉に、自然と頭が下がる。
いつでも、尽八を愛し、私を見守ってくれて感謝しかない。
東堂庵のスタッフも嫌な顔をせずに、女将の招集に集まり、私を心配してくれて、嫌な顔をせずに仲間の仕事を認めてくれた。
「とどのつまりだな。冬休みはお前達も東堂庵に住み込みだ!」
尽八は仲間を思い切り指差し、言い切る。
仲間達は持っていたシャープペンを落とす程に固まる。
「尽八。お願いする立場だから。」
「うむ。そうだった。
父がいない以上、母も俺も桜についていられん。
冬休みは箱根の繁忙期。
仲間と見込んで、どうか、お願いしたい。」
さすが、旅館の若旦那。
頭を下げる事に躊躇いは無い。
靖友が爆笑する。
「東堂が頭を下げるのかよぉ?俺にぃ?」
「うむ。荒北とは色々、最悪ではあったが、今なら桜や福富の気持ちがわかる。
再来年のインターハイのメンバーは俺達4人は入るだろうと、今なら思える。
荒北を仲間と夏休み辺りから認識していた。不愉快であったか?」
尽八の言葉に靖友が更に爆笑する。
「ばぁか。不愉快ならレースも行かねぇし、祝勝会なんて真っ平ごめんだぜぇ?
切羽詰まったんだろぉ?
やってやんよ。桜の監視。」
靖友の言葉に尽八がほくそ笑む。
「頼む。お前の観察眼には期待しているぞ。」
靖友に呼応して、寿一と隼人も賛同してくれる。
「私、箱学に来て幸せかもさね。
兄様が勝手に決めた事ばかりだったけど、祐介しか無かった世界から広がって、なんか、新しい楽しみを知って、ワクワクしてるさね。
みんな、ありがとう。冬休みは宜しくお願いします。」
私が頭を下げると、仲間達は微笑んでくれた。