庭球部屋

□静寂
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※2004.02.29初出、修正再出作品



 噛み合った運命の歯車が、ゆっくりと回り始めていた。

ぎこちなく、けれど確実に――



 本当に偶然だった。

その日、急に思い立って幸村は街へ出かけた。

何か明確な目的があった訳ではない。

外は今にも雪が降り出しそうな程寒かった。

冷たい風を避けるように、幸村はマフラーに少し顔を埋めた。

人混みの中をかき分ける様に歩を進めていたが、ふと顔を上げると急に立ち止まった。

多くの人々が幸村の横を通り過ぎ、すれ違う中、視線は一点に集中されていた。

その先には、同じく歩を止めて幸村を見つめる人物があった。

互いに見知った顔だった。

どちらともなく歩み寄る。

「久しぶりだね、不二…」

幸村は声をかける。

夏の関東大会で会った二人。

「こんな所で君に会うとは思わなかった。」

苦笑を浮かべて不二が答えた。

その顔を見て、幸村は単純に綺麗だと思う。

片や全国大会優勝校の現部長、方やテニスの名門校の実質no.2。

二人は相容れない存在だった。

しかし幸村は、初めて会った時から不二に特別な感情を抱いていた。

そしてそれは、決して一方的なものではなかった。

互いを見つけ、互いに歩を止めた瞬間、二人は止められないその感情の矛先を再認識した。

その時ふと幸村は思う。

“彼が欲しい”

それを皮切りに、幸村は躊躇いを捨てた。

「これから何か予定ある?」

不二を見つめながら幸村が尋ねる。

「用事はもう終わったから、予定はないけど?」

その不二の返答を聞いて、幸村は自分の家に不二を招いた。



 幸村の家に着いて、二人はしばらく他愛もない話をした。

趣味のこと、学校のこと、そしてテニスのこと――

そのテニスの話の途中、幸村は思い出したようにこう切り出した。

「そういえば、うちの真田は君の所の手塚にご執心の様なんだけど…」

不二はクスリと笑った。

「大会の時も絡んでたよね。手塚の方も気にしてるみたいだし。」

からかう様な笑みを見せる不二に、幸村もつられて微笑む。

そして不二の頬に手をやりながら言った。

「俺も君にご執心なんだけど?」

その言葉に不二は笑みを返すと、自分の頬に当てられている手に自分の手を重ねて瞳を閉じた。

「僕も、そうかもしれない…」

わざと曖昧に返してみせた不二に、幸村はそっとキスをする。

しばらく互いの存在を確認するかの様にキスを繰り返した。

ようやく唇を離した二人は、互いの背に腕を回し、互いの熱を感じていた。

静まり返った中、突然幸村は嘲笑に似た笑いをこぼす。

「今この状況だから言えるんだろうけど、真田たちが馬鹿に思えてくるよ。」

それを聞いて、不二も同じ様な笑いをこぼした。

「ほんと、馬鹿だよね。真面目すぎるっていうか…」

二人は一旦体を離すと、互いに視線を絡めた。

「共有できる時間は何もテニスをしている時だけじゃない。好きなら、心の一片だけでも奪ってしまえばいい。」

そう言った幸村の表情は、少し怒りを含んだ様な真剣なものだった。

不二は背筋がゾクリとするのを感じた。

「テニスで君と向き合う事は、もしかするとないかもしれない。だから俺は、君自身が欲しかった。」

その言葉に同調して、不二は妖艶な笑みを浮かべた。

「あげるよ。僕自身も、心も、全部。でも――」

ゆっくり閉じられた不二の瞳。

幸村も一緒に目を閉じる。

そしてコツンと額を合わせる。

「でも、何?」

幸村が問うと、不二はこう答えた。

「君の、テニスに関する時間が奪えないのは、辛いかな…」

幸村は顔を離すと、閉じていた目を開き不二を見た。

悲しそうに歪められた顔がそこに現れる。

「君にとってテニスは特別なもの。でも僕にとってはそれ程重要なものじゃない。だから、僕はその領域に踏み込む事が出来ない。」

幸村は苦笑する。

「俺にはその方が都合がいいけどね。真田と違って、俺はテニスでのライバルやパートナーみたいなものが欲しい訳じゃない。それに、君のそういう無頓着さに惹かれたのだから…」

不二はクスクスと笑って言った。

「無頓着な所がいいなんて、そんなこと言うの君くらいだよ。」

その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、幸村は自分の腕の中に不二をすっぽり抱き込んだ。

自分より少し小さな体は、抵抗する事なく腕の中に納まった。

「君がテニスに真剣じゃないって事は分かってた。ずっと見てたから…君の一挙手一投足をね。そして、そんな君だから惹かれた。俺にだけ執着してくれればいい。それが一番の望みだから…」

腕の中で不二が顔を上げる。

「それ、ちょっとズルイよね。僕だけ君に執着してろって事でしょ?君にはテニスもあるのに…」

拗ねた様な顔で不二が言うと、幸村はそれに笑みを返した。

“テニスをしてても不二の事が頭から離れないんだけどな…”

と思いつつ、幸村はあえてそれを口にはしなかった。

そして愛しさを隠し切れず、また不二の唇に自分のそれを重ねた。



 外は雪が降り出していた。

深々と降る雪は、二人の静かな想いに呼応するかの様に積もっていった。

けれどやがて解け去る雪とは反対に、二人の思いは延々と積もっていく。

運命の歯車が、回り続ける限り――






****************
幸不二にハマってすぐに書いた作品なので、これも思い入れの一品。
当時は不二が本気でテニスにのめり込む設定は書かないようにしてた記憶があります。
ちなみに「苦悩」よりこちらを先に書き始めていたという事が当時の後書で発覚。
私が真塚にハマってたようで;;
と、ここまでお付き合い頂きありがとうございました!

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