庭球部屋

□狂恋
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※2004.03頃初出、修正再出作品



 束縛――

それは人にとって最も好ましくないもの。

けれど不二にとってそれは、とても心地の良いものだった。

何物にも捉われず、何事も上手くかわしてきた不二には、心奪われるモノなどなかった。

ましてや人に興味を持つ事自体、愚かしいと馬鹿にしていた。

しかし、心のどこかで自分を捉えて放さない何かを欲していた。

もちろん人並みに趣味はある。

お気に入りのものもある。

けれどそれらは、所詮退屈しのぎの道具でしかない。

失ったからといって、特に何も感じないだろう。

しかしそんな不二にも、人生を変えてしまうような、運命的な出会いが待っていた。



 それは中学二年の時――


 趣味の延長でやっていたテニス。

その大会で、不二は一人の男に出会う。

男の名は跡部景吾。

声をかけて来たのは彼の方だった。

それも突拍子もない台詞で、だった。

「お前、俺のものにならねぇか?」

他の試合を見る事もなく、つまらなそうに日陰でボーっとしていた所へ、突然そう言われた。

不二は一瞬目を見開いたが、すぐに得意の愛想笑いをしてみせる。

「氷帝学園の跡部、だっけ?随分唐突だね。」

そう返すと、跡部はフッと笑った。

女ならイチコロだろうその不敵な笑みに、不二は苦笑を返す。

「お前に常套手段は通用しねぇと思ったんでな。退屈しのぎには丁度いいだろ?」

その言葉に、不二ははっきり目を開けて、睨むように跡部を見た。

「お前、何事にも興味ねぇだろ?だが…」

跡部は不二の顎を掴むと、クイと持ち上げた。

「何かに縛られたいって顔してるぜ?」

そう言ってニヤリと笑うと、不二から手を放した。

「それを自覚するまで少し時間をやる。よく考えるんだな。」

一方的に喋ってその場を去ろうとした跡部を、不二が呼び止めた。

「待って!」

跡部が振り返る。

「自覚ならもうしてるよ。…いいよ、君のものになってあげる。」

その言葉を受け、跡部は不二に近づくと、掠め取るようにキスをした。

「せいぜい楽しませてやるよ。」



 それから不二と跡部の奇妙な関係が始まった。



 跡部が“俺のもの”と言った様に、二人の関係は甘いものではなかった。

とても恋人とは呼べない。

けれど本当のモノ扱いでもない。

ただキスをして、体を重ねて、そして跡部は不二を自分の下に縛りつけた。

自分しか見てはいけない、他のものに僅かでも心惹かれてはならない、自分の言った通りに行動しろ、と――


 半年もすると、ただでさえ他人に隙を与えず、表情に心情を出さなかった不二は、その仮面に一層磨きをかけていた。

もう誰にも本当の不二を見破る事は出来なかった。

そのはずだった。

しかし――



 「何かあったのか?」

ある日の部活の最中、休憩していた不二にそう尋ねてきた者がいた。

手塚だった。

「別に。何もないけど?」

ニコリと笑って答えた不二を、手塚は訝しげな目で見やる。

不二は心の中で、やっかいだな、と思う。

昔から、手塚だけは不二の表情に騙されなかった。

いつもこちらの心情を読んでくる。

ただ今回は、不二の心が読めない事に違和感を感じての問いだった。

「最近、跡部とよく会っているそうだな。」

単刀直入に聞いてくる手塚。

遠回しに物事を言う人間より性質が悪い。

簡単な言葉では騙されてくれそうにない相手だけに、不二は言葉に詰まった。

その微妙な間が、手塚に更に不信感を募らせた。

「跡部とお前の変わり様と、何か関係があるのか?」

不二は苦笑するよりなかった。

何故か手塚の前では完璧に仮面を被れない自分に腹が立った。

「僕、そんなに変わった?」

仕方なく話を逸らしてみる。

「ああ…以前のお前にはもう少し感情があった。しかし今のお前は――」

人形の様だと言いかけて、手塚は口ごもった。

それは口にしてはいけない言葉の様な気がしていた。

「仮に僕が変わったとしても、部活に支障をきたしてる訳じゃないんだし、咎められる理由はないと思うけど?」

見事なまでに笑みを作ってそう言い放った不二に、手塚は言葉を飲み込んだ。

その隙に、不二はその場からさっさと逃げてしまった。

「干渉されるの好きじゃないんだよね。」

そう言い残して――




 翌日、手塚は氷帝学園の前に立っていた。

用件は一つ。

それを伝えるべき相手が、都合よく校舎から姿を見せた。

どうやら手塚を見つけてわざわざ出向いてきた様だった。

「何か用か?」

手塚にそんな一言を放ったのは、昨日不二との話題にあがった跡部だった。

手塚を嘲笑うかのような笑みを携え、跡部は手塚を見やった。

「話がある。」

強い口調でそう言った手塚は、跡部を睨むように見据えた。

「ここじゃ色々と都合が悪いんでな、場所変えようぜ。」

跡部は構内に手塚を招き入れると、自分が会長を務める生徒会室へと案内した。


 「で、用件は何だ?まあ、だいたいの察しはついてるがな。」

跡部は窓の外を見ながら、手塚に背を向けた状態で口を開いた。

その態度は、手塚をまるで相手にしていない様にも見えた。

そんな事はお構いなしに、手塚は自分の言うべき事を口にした。

「もう不二に近づかないでくれ。」

たった一言告げられた言葉に、跡部は振り返ってこう言った。

「無理な相談だな。」

しばし睨み合う二人。

「お前はあいつを駄目にする。」

手塚は率直にそう思っていた。

このままでは不二が不二として生きていけなくなる。

それは手塚にとっては耐えられない事だった。

「駄目にするかどうか、決めるのはあいつだ。お前がとやかく言う事じゃねぇだろ?だいたい、お前にその権利はねぇ。」

確かにその通りだと思うが、手塚は後に引く訳にはいかなかった。

「不二を返してくれ。」

手塚は以前の不二にもう一度戻って欲しかった。

昔から自由奔放で、自分には興味さえ持ってくれなかったが、それでも誰のものでもない不二に戻って欲しいと願った。

「そんなにあいつが好きか?」

ため息と共に跡部が尋ねる。

手塚は即答した。

「ああ、好きだ。」

その答えを聞いて、跡部は再び手塚から視線を外した。

「なら、何故今まであいつを放っておいた?人のものになったから欲しくなっただけじゃねぇのか?」

「違う。俺は、あいつが居るだけでよかったんだ。何物にも捉われない、そんなあいつで居て欲しかったんだ。」

跡部はククッと喉で笑った。

「俺とお前で決定的に違う所を教えてやるよ。」

冷徹な表情を浮かべながら、跡部は手塚に言う。

「俺は欲しいものは全て手に入れる。そして、俺にはそれを成すだけの器がある。お前には、あってせいぜいテニスの力だけだ。そんなものであいつが縛れる訳ねぇだろ?」

「お前は、その縛るという行為が相手にマイナスになるとは思わないのか?」

この返答に、跡部は笑うよりなかった。

「束縛されたいと願っていたのは他でもない、周助自身だ。加えて、それが俺なりの愛し方だ。」

手塚は一瞬言葉を失った。

そして思う、

それでは不二は幸せになれないのでは、と――





 ◆ ◆ ◆



 翌日、手塚は昼休みに不二を屋上へと呼び出した。

普段は立入禁止になっている場所だけに、周りに人影はない。

「話って何?」

さも興味なさ気に言葉を促す不二。

昨日とは打って変わって、今日は手塚を言い負かすだけの自信がある様だった。

「跡部とはもう会うな。」

少し強い口調で手塚は言った。

そんな突然の言葉にも、不二は眉一つ動かさない。

「この前言ったでしょ?干渉されるのは好きじゃないって…」

あまりに完璧に作られた不二の笑みが、今の手塚には痛かった。

「お前は、このまま自分が自分でなくなってもいいと言うのか?」

やり切れない表情でそう告げた手塚に、不二は一歩歩み寄る。

「僕は僕のままだよ?」

手塚の顔を下からのぞき込む様にして言った不二を、手塚は思わず抱きしめた。

力強く、離したくないという思いを込めて――

これにはさすがの不二も驚いた。

しかし抵抗はしない。

不二は手塚の自分に対する想いを知っていた。

そして、不二も手塚に興味を持っていた。

しかし妙な事には気づくくせに、それには気づかなかった手塚に、不二はいつしか興味を失っていた。

今更こんな事をされても迷惑だと思う。

「手塚…僕はね、今の自分の方が好きだよ?何かを強く欲する事がこんなに気持ちのいい事だなんて、知らなかった。」

その言葉を受けて、手塚は不二を放した。

「そんなに跡部の事を?」

不二はニコリと笑った。

「別に、跡部じゃなくてもよかったんだけどね。でも、彼は完璧なんだ。僕の望むもの全てを持ってる。だから僕も執着出来るんだよ。」

そう話す不二の表情に偽りのない笑みが含まれていたのを見て、手塚は諦めるよりないと悟った。

「…そこまで想っているのなら、俺の立ち入る隙はないんだろうな。」

寂しそうに呟いて、手塚は後ずさる様に不二から離れた。

「お前が幸せだと言うなら、俺はそれでいい。」

捨て台詞の様にそう言って、手塚は屋上をあとにした。

残された不二は、一人ため息をついていた。

そして、既にそこにはいない人物に語りかけるように呟いた。

「ねぇ手塚。もし…もし君が、奪ってでも僕を欲しいと言ってくれたなら、僕は君のものになったのにね。」

切なげな表情で空を見つめながら、不二は誰にともなく告げた。

「バイバイ…。」




 その夜、不二は跡部の部屋にいた。

「追い出されてぇのか?」

跡部はボーっとしていた不二にそう言った。

その言葉で不二は我に返る。

「あ、ごめん…」

跡部は複雑な表情で不二を見た。

「俺以外のものに興味を示すなと言ったはずだが?」

怒った様に放たれた言葉に、不二はビクッと体を震わせる。

「そんなんじゃ――」

言い訳をしようとした不二を、跡部は不意に抱きしめた。

その時の表情は怒りではなく、悲しみに満ちたものだった。

不二は初めて見る表情に戸惑いながらも、跡部に身を任せた。

「最悪だな…」

呟かれた言葉に、不二は不安にかられた。

もしかして捨てられてしまうのだろうか、と――

しかし跡部の口からは思わぬ言葉が発された。

「お前を縛りつけてるつもりが、俺の方がお前に縛られちまってる…」

そう言って、跡部は不二に口付ける。

「ミイラ取りがミイラになるとは、まさにこの事だな。」

不二はただ驚いた顔で跡部を見つめていた。

「お前にハマっちまってる俺は、みっともなくて嫌か?」

優しく尋ねると、不二は幸せそうに微笑んで言った。

「そんな事ない。ハマってくれる方が嬉しいかも。」

それを聞いて、跡部は不二を抱きしめる腕に力を込める。

「愛してるぜ、周助…」

「うん、僕も愛してる。景吾…」



 こうして二人は本当の愛情を含んだ束縛を手に入れた。

お互いが離れられない様に、強靭な鎖をもって――











***************
「鎖」の別編のような気持ちで書いた一品で、やはり思い入れが強い話なので修正を加えて再掲載。
ただ「鎖」では手塚の相手が別にいたので、やっぱり似て非なる作品かなと。
何だかんだで強く想い合ってる跡部と不二が好きです☆
それでは、お読み頂きありがとうございました!

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