庭球部屋

□全ての序章
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 テニスを始めたのは、自分から進んでの事じゃなかった。

彼に出逢った事から始まった。

全てが。

テニスだけじゃなく、僕の人生が。







 親戚の家を訪ねた時、たまたま通った近くの公園。

そこで不二は一人の少年に出会った。

一人真剣な眼差しでテニスラケットを振るう少年。

何故かその姿に視線を奪われた。

何かを必死で掴もうとしているような、思い詰めた目をしていたせいかもしれない。

そして少年はしばらくして不二の視線に気付くと手を止め、同じく視線を返した。

少しずつ表情が和らいで、やがて僅かに笑みを浮かべると不二に声をかけてきた。

「少しやってみる?」

テニスに興味などなかったが、どうしても断る気にはなれなかった。

むしろやってみたいと思わされた。

握り方、打ち方を簡単に教わった不二は、初めてとは思えぬほどに上手くこなしてみせた。

すると少年は言った。

「本気でテニスやってみる気ない?」

拒否出来なかった。

興味もないものをやる気はないと、何故か口に出来なかった。

彼の言う事を全て聞いてしまう自分に違和感を感じながらも、不二はそれからテニスを覚えていく事となっていた。



 これが不二の人生を左右する存在となる人物・幸村精市との出逢いだった。







中学に入る頃、不二は幸村から同じ学校へ来ないかと誘われた。

だが不二は断った。

いつだって拒否する事など出来なかったはずなのに、どうしてもそれだけは承諾出来なかった。

「何故?」

理由を問われた不二の答えは簡単なものだった。

「君とはフェアで居たいんだ。」

本気でテニスに向き合う気はなかった。

けれど幸村が求めているのは本気。

不二とて本気になれないものがない訳ではなかった。

ただそれはテニスではなく、むしろテニスは障害にしかなり得なかった。

何度か幸村の試合を見て気付いた。

勝つ事が彼の全て。

そこには自分を見てくれる幸村はいない。

ただの友人ならば彼は自分を見てくれる。

不二周助という人間として見てくれる。

だからテニスはある意味不二にとっては忌むべきもので、けれど幸村と時間を共有出来る道具でもあった。

違う道を歩んで、幸村と自分を繋ぐ道具だけは手放さず、ずっと彼の心の中に在りたかった。

そうする事でしか手に入れられない、本気で大切なもの。

幸村の存在。

虚しさはあったが、それでも不二には十分だった。





 不二と幸村、二人の関係が変わったのは中学二年の夏の事だった。

幸村は不二に言った。

「手塚とあまり深く関わるな。」

思いがけない一言に不二は驚いた。

そもそも幸村が何故そんな事を言うのか理解出来なかった。

ただ幸村は真意を告げず、確実な言葉を選んで改めて口を開いた。

「俺の恋人になってくれないか?」

それは不二にとっては願ってもない申し入れで、先程の言葉など頭から消えてしまっていた。

幸村の思惑通りに――

幸村は知っていた。

不二が自分に特別な感情を抱いている事に。

そして自分もまた不二に特別な感情を抱いていると自覚していた。

だから告白を決意したのだ。

本当はもう少し友人を演じ続けるつもりだったが、手塚と居る時の不二を見て危機感を覚えた。

今この時を逃せば命取りになると思っての、苦肉の策だった。

「僕でいいの?」

不二から返ってきた問いにフッと笑みを浮かべながら幸村は言った。

「お前でなければ駄目なんだ。」

その言葉で嬉しそうな笑みを見せた不二を抱き寄せて、幸村はふと目を細めた。

冷酷な表情だった。

“不二は渡さない。”

ここには居ない一人の男に告げるように心の中でそう呟く。

己には出来なかった事、不二にテニスへの情熱を抱かせる事が出来るただ一人の男を睨み据えるように地面を見つめながら、幸村は不二を抱きしめる腕に力を込めた。

絶対に離しはしないという想いを込めて――







*****************
記憶が曖昧なので、不二がいつからテニスやってたとか無視して書いてしまいました;;
幸村の設定も勝手なものですみません><
でも私的イメージはこんな感じで。
何となく私が幸不二を書くとちょっと暗い話になる傾向があるようなので、いつか普通にラブラブな話でも書けるといいなぁと思います。
ありがとうございました!

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