庭球部屋
□Fatalism
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「部長って、負けた事あるんすか?」
ふと疑問に思って赤也が口にした問いに、幸村はクスリと笑った。
「まぁ、テニスを始めたばかりの頃はさすがにね。」
「いやそういう意味じゃなくて――」
その言葉を遮って幸村は視線を赤也へと向けた。
「勝敗をつけられず仕舞いの相手はいるよ。」
「誰っすか?!」
興味深々な問いに、幸村は昔を思い出すように遠い目をした。
「手塚、国光…」
どこか怒りを含んだ声音に赤也はビクリと体を震わせた。
だが幸村はすぐにいつもの穏やかな表情に戻ると更に付け加えた。
「俺が相手の五感を奪うまでの技術を身に付けてから、一人だけそれにかからなかった相手もいる。」
「え…」
これには赤也も動揺した。
一度経験した事があるだけに、あり得ないと思った。
「それって、誰っすか?」
幸村は直接答えることなく、
「君もよく知ってる人物だよ。尤も、今なら落す自信があるけどね。」
と、答えをにおわせる言葉を返した。
だがそれ以降、幸村は何も答える気はないとばかりに口を閉ざしてしまった。
中学二年になって間もなくの頃、幸村は不二と試合をした。
たまに手合わせをする事は珍しい事ではなかったが、この時は正式に試合方式でゲームをした。
実力差があったので、ゲームの主導権は完全に幸村が握っていたが、ただ納得がいかない事があった。
普段なら2−0くらいになる頃には、相手は戦意を喪失する。
だが不二は違った。
負ける事に微塵の躊躇いも無いのだと幸村は気付く。
テニスに対する思いが己とは別次元にあるのだと。
しかしそれで良かった。
不二が執着しているのは自分、この幸村精市なのだと実感出来たからだ。
それなのに――
中学三年になっての全国大会で、幸村は人知れず悔しさに顔を歪めていた。
勝利に微塵の執着もなかった不二が必死にプレイする姿を見て、そうさせた人物に対する憎悪が膨らんだ。
危険人物だと解っていたが、もうそんな一言で片付けられる程軽い思いではいられなかった。
全てを望んでいた訳ではない。
けれど不二をテニスで本気にさせたのが自分ではない事が腹立たしかった。
全国大会が終わって数日が経過し、久方ぶりに幸村は不二と顔を合わせていた。
「変わったな。」
開口一番言われた言葉に不二は呆気に取られた。
「俺とやった時は一度だって勝利に執着した事がなかったのに…」
意図を理解した不二は、手を伸ばすとそっと幸村の頬に触れた。
「君はテニスで僕を判断するの?」
悲しそうな顔で告げられた言葉に幸村は僅かに目を見開く。
不二にとってテニスとは幸村とのただの接点だった。
確かに勝利への執念を得たのは予想外の展開ではあったが、ただ幸村にはその部分で自分を判断して欲しくはなかった。
恋人。
その視点でだけ見ていて欲しかった。
幸村は不二の手を取ると、その滑らかな指先に唇を落す。
「俺はお前が好きだよ。誰にも奪われたくない。恋愛感情だけじゃなく、他の全ての感情も俺に向けて欲しいと、願ってしまった…」
詫びるような声で告げられて、不二は苦笑した。
「勘違いしないでよ。僕の全ての感情は、君のものだよ?出逢った時からずっと――」
思い出すように目を閉じながら、不二は更に言葉を続けた。
「手塚との決着は付けて来た。試合したんだ。それで改めて気付いたよ。僕が最後に行きつく所は君なんだって…」
ならば、と、幸村は真剣な顔で不二に言った。
「これから先は、俺について来てくれないか?ずっと俺の側に居てくれないか?」
人生全てを懸けて欲しいと願った。
不二は微笑む。
「ずっと一緒に居るよ。僕の人生は、君のものだから。」
それが幸村と出逢った瞬間に決まってしまった、己の運命なのだから。
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勝敗に執着出来ないという不二の言葉を久々に見て、更に幸村vsリョーマ戦を見て、ふと思いついた話でした。
幸村にとって不二は色んな意味で特別というのを書きたかっただけなのですが、いざ書き始めると手塚に対抗心燃やしてる幸村な話になってしまいましたorz
まだまだ修行が足りないようで…
そんな訳で、ここまで読んで下さりありがとうございました!